研究室のヨシ・ヤマダ博士

 


最先端はチップ・テクノロジーやね

  「最先端は, DNAの“チップ・テクノロジー”やね」マイクロアレーちゅうテクノロジーやね。遺伝子の発現パターンを一網打尽につかまえて、いっぺんに解析してしまうテ
クノロジーや。例えば、癌細胞と正常細胞の全部のmRNAの発現パターツを比較できるちゅう方法や。癌細胞やのうて、発生段階の異なる細胞でもえーし、組織特異性を調べても
えー。いままでは、特定の遺伝子の発現が増えたとか減ったとかやったけどチップ・テクノロジーは遺伝子の総合的な発現パターンを見てやろう、ちゅうことや。一気に全部見
てしまおう、ちゅう考えや」

  「ただ‘テップ・テクノロジー”にはロボテック・ワークステーション、ちゅう機器が必要なんや 1~2万種類のDNAを1二⊃1つ取り出して、小さなガラスプレートに
共有結合で結合させる。これを蛍光標識したcDNAプローブでハイブリダイズさせて、発現の程度を調べていくんや スキャナーをつこうで高感度に検出して、遺伝子の発現を一
網打尽にとらえる、ちゅうことなんや そういうデータがでてくれば、どの癌細胞でとか、細胞のどの発生段階でとか、どんな病気の細胞でとか、いろんな状態の細胞をつこう
で、どの遺伝子がどのくらい発現されてるかがわかってくるのや。いよ、企業がミリオンダラー(数偸円)の研究費をつこうで、儲かりそうな遺伝子を見つけようとしてるのや

  「これでわかった遺伝子のすべてのデータをインターネットのウェブ・サイトに流そう、ちゅう計画もあるんや。研究者はボタンをクリックすると、その遺イ云子の情報が全
部わかってしまうんや、企業のほうは、情報をそんなにオープンにしたがらへんけどな」

  ロボットを使ったワークステーションは、新しい機器ではないハズだ、と思って、そのことを聞いてみた。

  「いままでのロボットでは遅うてお話にならんのや。専用の早いんのがいるんやまだ世界に3~4台しかあらへん。1台はNIHのゲノム・センターに2~3ヵ月前(インタビ
ューした1997年夏の貽点の話)に入ったんやけど、まだ他の人には使わせてくれへん。開発中の最初のモデルを、わてはもう注文したけど、つこうでみんことには、どんだけえ
ーのかわからへん」

 そこに白衣を着たポストタ風の女性が、「イクスキューズ・ミー」といって入ってきた。10秒ほど、ヨシと話をした。

不肖ハクラク著より

物理出身のバイオ研究者

 

   「どんなことでもいいですか」、と最近のバイオサイエンスの動向を聞いてみた。

  大きな耳をさらに大きくさせて、「最近ますますNIHが住みにくくなってきた。せちがらくなった これはNIHの外の世間一般がせちがらくなったせいで、その影響だと思
うけど。例えば、研究費がきつくなってきた。ヒトゲノムとかエイズとかに研究費がいくので、私のやってるニューロサイエンスは楽じゃないですね」

  「アメリカ国籍をとったということですけど、はじめからそういう決心をして外国に来たんですか。何か人生の転機みたいなものがありましたか?]

  「ゼンセンなし。日本でも外国でもどこでも研究できるところがあればいい、と思ってやってるうちに歳をとってしまった」、とニヤニヤしている。

  「物理の博士課程出身で、バイオ研究者というのは珍しくないですか?」、と言ったら、物理出身のバイオ研究者は結構多くいるという。

  出身が物理学であることに話が移っていったら、大きい耳をさらに一回り大きくして、口調に熱が入ってきた。

  「物理出身のバイオ研究者に、『現在の研究に物理学がどう役立っているか』、と聞いたら、r論理的に考えられることだ』と答えた人がいたけど、これは生物出身の人をバ
カにしてる話だ 生物出身の人は論理的に考えられないみたいな言い方でしよ。ということは、一般的にいえば、物理学は、要はバイオの研究に役立っていないとうことだよ、
それに、物理出身者は生物を知らないと自分で思い込んでいるんだ。ただ、ボクの場合、バイオの研究に物理学を意図的に役立だせようと思っている、物理学を意図的に忘れな
いでおこうと思ってる プリンストンにあるNEcリサーチ・インスティテュートのビル・ビアーレックは、『物理学のバックグランドをもっている研究者は生物屋のできるこ
とをヤルナ川と言っているよj。やっと力のこもった話になってきたが、丁度時悶となりました。

  キューちゃんは、「こちらから帰ると近いよ」、といって、9号館の裹のドアまで見送ってくれた。ドアにII非常口。開けるとベルが鵈ります』、と大きな貼り紙がしてあっ
た。ペルは‥‥‥‥


 忙しい人である。ハードワーカーである。研究成果が日本のテレビのニュースに何度も取り上げられた有名人である。日本語がときどきあやしいけど、大阪弁はしっかりして
いる。髪は少し白くなった胝二重まぶたがなかなか可愛い。ジーン・ターゲティングはもう古い

  いきなり、「バイオサイエンスの研究子法の星新のものつて何でしようか?」つて間いてみた。

  二重まぶたが、何となくカゲつたので、不安になつて、「ひよつとして秘密ですか?」、とつけ加えた。

不肖ハクラク著より

分子生物学

 

「そりゃ、モレキュラー・バイオロジーでしよ」とズバリ一言

この人が20代の大学院生だったころから知っている。そのころから個性的な人である。ます顔が大きい。そして、眼がギョロリとしている。耳が大きい。何となく牛に似てい
て、昔のあだ名はキューちゃんであった。顔つきが個性的なだけでなく、言うことがいちいち引っかかる、いやいや、個性的、でもあった。23年ぶりにお会いしたが、顔を見
た瞬間、そういう特徴は変わってないなと感じた。

 キューちゃんが、博士号をとってすぐの1975年にカナダに留学し、76年、カナダからアメリカに移るときに、アメリカのグリーンカードをとったことは知らなかった82年
にアメリカ国籍をとってしまったことも知らなかった。サマースチューデントとしてNIHで研究しているお嬢さんがいることも知らなかった。23年もお会いしてないのであ
る。そういや、キューちゃんの髪は少し白くなっている。

 お会いする前に、「バイオサイエンス研究の動向をお尋ねしたい」、と電話した。そしたら、「答えられるかなあ。2~3年考えないとわかんないよ。実のある話はできないかも
しれないけど」、という素直じゃない返事が返ってきた。

 とにかく行くしかない。 NIH9号館1階の1 El 20室に伺った。ドアが細目に開いている。ノックして入っでいくと、パソコンやら電気生理学実験用の機械やらがゴチャゴチヤ
おいてある実験室であった その片隅でお話を伺った。

 [ご専門は何ですか?]、と聞くと、「生物物理」とボソッと答えただけである。

 「ナントカの生物物理とか、生物物理の前に何かつけるとすると何かつきますか?」、と聞くと、「膜」とだけ答えた

 悪い人じゃないんだけど、ちょっとぶっきらぽうである。

 「ご自身の研究分野の動向は?」、と次に質問した。

 「耳の中に2種類のhair cellがある。 hair cellがどうやって動くのかという研究を10年やってきた。ここ数年でわかったことは、動くのに電気エネルギーを直接使ってる
ということなんだ。ただ、その分子的なしくみはまだわかっていない。ところが、分子を同定しないと、世の中の研究者は信用してくれない。自分ではDNAに手をふれたくない
ので、これは共同研究でやっていきたいと思っている。そういうことで、これからの3~4年はゆうに過ぎてしまう]、という。

 もっとも、こんなふうにスイスイと話してくれたわけではない。断片的でゆ一ったり、も一ったりと話してくれた内容を要約するとこうなるのである 全くコセコセしていな
い。時間的スケールが大きいのである。研究分野がそういう特徴なのか、キューちゃんの個人的性格なのかよくわからない。

 「将来はどういう方向でしょうか?」、と尋ねた。そしたら、将来は過去からつづいているからと、ます'60年代の研究の話になった。歴史的な流れをエンエンとお話しになる
。その話を聞いているうちに、 、話の本筋がわからなくなってしまった。結局、将来の方向を話してくれたのかもしれないが、よくつかめなかった。ケムにまかれてしまった
のである。それで、 生物物理学の話はもうイイヤという気になってしまい、「ご自身の研究を離れて、バイオサイエンス全体で現在注目を浴びている分野は何でしょうか?」
、と伺った。

 「そりゃ、モレキュラ一・バイオロジーでしょ」とズバリ一言。自分ではやるうとしないけど、重要な分野だと思っているらしい、そして、[モレキュラー・バイオロジーが
どういう方向に進むかは知らんけど]、とつけ加えた。一言多いのである。

不肖ハクラク著より

日本人なら日本を愛するのは当然でしょう

 


  「研究者の人生観にも最近コ可か変化はありますか?」、と聞いてみた。


  「ワタクシは、団塊の世代と若い人の間の“はざかい期"世代です、団塊の世代は、


 日本の高度成長を支え、世界に負けない日本の科学体制をつくろうと、アメリカに


 ポスドクとして学びにきました 現在も国際社会に貢献していると思います。とこ


 るが、今の若い日本人ポスドクはぜんぜん違います。私の給料はこれだけだからこ


 れだけ慟けばいい、と考えているようです。少し違うことを頼むと、そんな仕事は


 契約に入っていない、という態度です、アメリカ的といえばアメリカ的です」


  「否定的にいいましたが、これは、ある意味では、いい面もあります。というのは、


 はっきりした態度をとることで、研究者を牛チンとふるいにかけられるからです。


 アメリカ大は収入の額で大を判断します。研究者に対しては、『こんな安い給料でそ


 んな長時間働くのはバカだ。博士号までとってそんな安い給料で働くのはバカだ。


 揚げ鴆の果てに、そんなに傚いてもアカデミックなポストを得るのは難しい。もし


 得られても、研究がそんなにすばらしい楽しい仕事とは思えない。研究者の人生が


 いいとは、とても思えない』ふつうのアメリカ大はみんなそう思っています。そう


 いう状況で、それでも研究をやろうっていうのは、並大抵のことじゃないんです。


 だから、アメリカでは、能力があって、ヤル気があって、研究をおもしろがってる


 連中だけが研究者として生き残ってくるんです。話が少し早すぎますか?」。不肖・


 ハクうク、メモを取りながら話を伺っている。話が勢いづいてくるとメモを取るの


 が間に合わない。眉根をよせる氏も、気がついたらしい。


   「それでは、どんな職業が最近のアメリ力人にウケますか?」,。と聞いた。


   「一般的にウケる職業は、医者と弁護士、それにベンチャービジネスじゃないで


  しょうか」


  研究以外のことは、ごく一般的な返事が返ってくる。


  「どうして日本に帰りたいんですか?アメリカのほうが研究しやすいし、生活も


 豊かだと思うんですが」、と少し意地の悪い質問をしてみた。


  眉根を一層よせて、「日本からきた研究者は、アメリカでは1人で研究していかな


 さやなりません。大学院時代の仲間や先生がここにはいません。また、グU-ン


 カードがとれないと、アメリカで研究していくのはさらに難しいし、クリーンカー


 ドがとれても、老後が心配です。自分の体力や気力がおとろえたときのことを思う


 と、不安です。それに、実際の収入は、日本の方が多いんじゃないでしょうか。そ


 れに、ワタクシの個人的な感情ですが、人種の多いアメリカで生活していて、日本への愛国心がとても強くなりました。ホンダの車、ソニーウォークマンセイコーの時計
、二コンのカメラを、アメリカ人が重宝かって、うれしがって使っているのを見ると、日本人でよかったナつで思います。日本で、日の丸を掲げないとか、国歌を歌わないなん
て、まったくナンセンスです。日本人なら日本を愛するのは当然でしょう」

 ちょうどそこに、友人とおぼしき日本人が入ってきた。「ナンカまじめな話をしてるよーだネー」、と冷やかされて、眉根をよせる氏の顔の筋肉が初めてリラックスした。

 「日本人ほど愛国心の欠けている人種はいないネ、ポンドに。韓国人はアメリカでは必ずビュンダイ(韓国車)を買うよネー」と、入ってきた友人に話しかけた。急に口調が
軽くなったのである。

 入ってきた友人は、「日本にはまだ戦後が残ってるんだよ。アメU力から日本にいくと歓迎してくれるし、日本では、まだ、日本のことよりアメリカの方が重要なんだよ」つ
で、テャカして出ていった。

 気持ちがほぐれてきたかもしれない。

 「日本の若い人,例えば,大学生や大学院生にいっておきたいことがありますか9」、と聞いてみた。

 またとたんに眉根をキューとよせて、「もっともっと勉強しないといけない。高校の教科書をやさしくするなんてとんでもない。高校生や大学生にはもっとキューキュー勉強
させて、実力をつけさせたほうがいい。基礎のないところに創造なんて生まれませんレどんな社会でも落ちこばれはいるんだから、もっとキューキューやるべきです。資源のない
食料自給率30%の日本が生き残れる道は人材しかありません。競争の激しいところにしか優秀な人材は育ちません。日本は、質の高い優秀な人材を必要としています。優秀な
人材を育てるために、もっと教育界に金をまわすべきです。金のあるところに優秀な人材が集まります。自分の子供をバカな教師に教育してほしいと思う親はいないでしょう。
また、教師を再教育するシステムも必要です]

 話がエンディングに入ってきた。

 「モノゴトには、誰にもどうすることもできない大きな流れがあります。日本は高度成長期が終わって、これから衰亡の一途をたどるのが自然の流れです。資源もない食料自
給率30%の国が、ここまで繁栄してきたのがむしろ奇跡です。アメU力のような国力、中国のような国力を求めてはいけないでしょう。現在の日本を改革できるというのは幻
想じゃないでしょうか]日本をトコトン改善してみませんか?

  「そうおっしゃらないで、このさい、日本をトコトン改善してみませんか?」、と不肖・ハクうク、眉根をよせる氏を挑発したが、全く話に乗ってこない。眉根をよる氏は、「
日本の、おおあざ田舎・あざ田舎大学に帰って、自分の後半生を、そこでひっそりと過ご世ればいいんです」、てなことをおっしゃる。

 「ただ日本の“勤勉は美徳だ"という倫理観・人生観は世界に高く評価されています。ワタクシも誇りに思っております」、と締めくくった。

  翌日、廊下でお会いしたら、言いたいことを言ってしまったせいか、眉根はもう

 寄っていなかった。とても明るい顔をしていた。ただ[匿名でお願いします。ゼッタイ匿名で]、と念を押されてしまった。医学部の“組の掟"は相当キツそうである。

不肖ハクラク著より

医局はヤクザの“組”

 

  「アメリカの研究者社会で最近何か変化を感じることがありますかワ」、と伺った。

  「正確さは6~7割ですが、ビル・クリントンはNIHをしめっけようとしてます。いままで生物医学研究に莫大な投資をしてきましたけど、その見返りが少なすぎよした。例
えば厂‘癌制圧"といってアメU力政府は大きなお金を使ってきましたけど、思ったほどの効果がない。アメリカ政府は、いよまでのやり方が問違っていたと考え始めています。
それで、科学研究の組織を組み直して、今度こそ効率よくお金を使おうとしてるようです。エイズとか癌とかコ可かおいしそうなキーワードだけで研究費をもらうやり方は、今
後、むつかしくなるでしょう」

  アメリカから見た最近の日本のバイオ研究への感想も伺った。

  「ワタクシは近い将来日本に帰りたいと思っていよすが、日本の科学研究は絶望的です。何が悪いのかといわれても、悪い点が多すぎて、いちいち挙げることはでき
ません。すべてが悪いといっでもいいほどです、といっでも、システムが違うのだから、アメリカのやり方をそのまま日本でやることもできません。むしろ、アメリカのシステ
ムをそのまま日本にもちこんではいけないのです」

 ビシバシと答えていた匿名氏の話が、ここで逡巡した。

 「ワタクシの話は厳しいかもしれま廿ん。だから匿名にしてください」と眉根を強くよせる

 日本の医学部出身者は、大学を卒業後も、かつて在籍した母校の研究室(医局という)としっかりつながっている。医局に忠誠をつくすかぎり、就職などのいろいろなサポー
トが受けられる談合一なれ合いの社会なのである 海外にいても、日本の母校の医局への所属意識がしっかりとあって、それはまるでヤクザの“組”(スンマセン例が悪くて)
みたいである。そして、海外のどこにいても、日本の“組の掟”を異常な|まど気にする医学部出身研究者は多い。もちろん、このシステムには、こういう異様さだけでなく、い
い面もある。

 「日本はタテ社会なんです。教授のいうことが絶対です。一度、職につけば、そのまま昇進していきます。これが問題です。また、東大や京大が裏で取引をして、研究費をも
っていってしまう科研費も問題です。研究費の配分は、もっとオープンに、がうス張りにしてほしいものです。ただ、研究のできるところに重点的に研究費をあげるのはいいこ
とです。地方大学の医学部は、地域医療のまとめ役と地方医師の育成が大きな仕事です。そういうところに、世界の堡先端の研究をさせようとしても仕方がないと思います。弱
小大学に金をまくのは研究費の効率が悪いだけです。日本はとても貧乏な国なのです」

プロテオグリカンの分子生物学,医学部病理学出身、

 

30代後半男性

神経科学がいいようです

   「やりたいことがあっても、技術がなければ、研究はできません。日本にいたとき、ワタクシは分子生物学を十分学んでいなかったので、研究の視野が狭くなっていまし
た。それで、技術をたくさん習得しようと思ってアメリカに留学しました。ワタクシは、研究では技術が大事だと思っています。技術先行型です」と、少し硬い口諞で話が始ま
った。緊張しているのか、二コリともしない。ときどき眉根をよせて顔をしかめる。

   「先生の研究分野ではどんな研究が現在めざましいでしょうか」と淡々と聞くことにした。

   「現在めざましい研究というのは、もう方法は確立していよすが、1つはトランスジェニックとかシーン・ターゲティングとかいう技術を使った研究です。もう1つは、ヒ
ト疾患の原因遺伝子を見つける研究です。一流誌の『Cell』、「Nature」、『Science』に載るのはこういう研究です。もちろん、重要なタンパク質の遺伝子をクローニン
グするのも重要です。こういう研究がここ数年の動向です。論文はもうかなり出ています」

 「5~6年先とか10年先はどうでしょうかワ」、と聞いてみた。

 「ヒトゲノムプロジェクトが2004年とか2006年に終わります。いよワタクシが申し上げた流れは、ヒトゲノムプロジェクトと同じ流れですから、5~6年先には、重要
なことはもうほとんど終わっていると思います」

 「ご自分の研究テーマを離れて、バイオサイエンス全体を見たとき、どんな研究分野の発展がめざましいと思いますか?」、とお聞きした。

 「神経科学がいいようです 少し前は免疫学もよかったようですが、免疫学はもうピークが過ぎた感じです」

 「分子生物学はどうですか?」、と何となく聞いてみた。

 「分子生物学っていうのは、キットがあって誰でも使える技術です。分子生物学とか、タンパク質化学、細胞生物学とかの枠でモノゴトを考えてはいけません。DNAがどうやっ
て転写され、転写されたタンパク質が細胞の機能をどう担い、細胞の機能がどう疾患に結びつくのか、というとらえ方が必要です。そのため、まずすべての技術と知識がトータ
ルで必要なんです]、とお説教されてしまった。

 「それを1人1人の研究者がやるんですか?」

 「それは好みです。個人の力量にもよるでしょう。ただ、バイオ全体を知らないとやっていけません」

 質問に対して、答がいつもビシバシと返ってくる。

「アメリカに家を買うと日本に帰れる」というジンクス

 

  「本当はネー、日本に帰りたかったんですよ」、と野水さんはおっしゃる。

  「NIHには8年ルールというのがあって、8年たったら、NIHテニュア(NIHの終身在職権)をとってNIHに残るか、そうじゃなければ出ていかなきゃならないんです。NIHテニュ
アをとろうとしたんですけど、難しくてできませんでした。それで仕方なく、日本に就職先を見つけて、日本に帰ろうとしたんですけど、結局、カナダのモントリオールに行く
ことになっちゃいました」モントリオールに行くのがあまりうれしくない様子である。学会でモントリオールに行ったことがある。伝統ある美しい街であった。野水さんは、「夏
はいいけど冬は寒くて外に出れないですよ。それに日本人は2000人しかいないし」、という。

 「数年前にワシントンD.C.郊外に自分の家を買ったんですよNIHの日本人では、『アメリカに家を買うと日本に帰れる』ってジンクスがあるんですけど、ボクの場合、うまくい
きませんでした]。アメリカに家を買ったら日本に就職先が見つかった日本人研究者の名前を何人か挙げてくれた。

 「ところで、このあいだ先生のテレビ見ましたよ。『所さんの目がテン』に出ていたでしょう。日本の番組をワシントンDCでときどきやってるんですよ」、という。

 、5~6年前にテレビに出演したことがある。そんなことすっかり忘れていたけど、まさかこんなアメリカで見られるなんて、オドロイタ。野水さんは楽しく愛すべき人であ
る。モントリオールでも、日本人研究者のソーシャルワーカーとして活躍されることを願っている。