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ポワロが見破った米語

 

 次の例は[長距離電話」。手もとの和英辞書によれば、a long-distance call (米)との記載がある。 どちらを使ってもよさそうだが、 その使い分けが致命的になる場介もある。

 舞台はアガサ・クリスティーの名作『オリエント急行殺人事件』。ノリとイスタンブールを結ぶ「オリエント急行」が人雪で立ち往生に孤立した豪華列車のなかで殺人事件が起きるoたまたまその列車に乗り合わせた名探偵エルキュール・ポワロの頭脳が活動を開始する、というぉなじみのミステリーである。

 この作品ではさまざまな国籍の人物が登場するが、「長距離電話」を意味する語がある女性の過去をはからすら暗示する。問題の場面をまず原作で引いておく。

 “And yet―it is curious―”

 "What IS curious?”

 “On this train―again we have a delay. And this time a more serious delay, since there is no possi- bility of sending a telegra]Tn to yo ur friends or of getting them on the long―the long―”

 “The long distance? The telephone, you mean.”

 “Ah, yes, the portmanteau call, as you say in England."

 Mary Debenham smiled a little in spite of herself.

 "Trunk call、”she corrected.

  (「だがしかし、それは奇妙だな……」

   「なにが奇妙なのですか」

   「この汽車でーまた遅れがでています。それにこんどははるかに深刻な遅れです。というのも可能性がないからですよ、友人に電報を打ったり、長一長-で呼び出したり」

   「・長距離? 電話のことですか」

   「ええ、そうです。イギリスでのいわゆるカバン電話」

  メアリー・デペナ厶は思わずちょっとほほえんだ。

   「長距離電話ですわ」と彼女は訂正した)

 ポワロとイギリス人、ミス・デペナムとの会話の一部である。最初に口を開くのはポワロ。たくみに会話を誘導して電話に言及する箇所に注意したい。“a moreserious delay” (はるかに深刻な遅れ)とは大雪に閉じこめられた状況をさし、この列車からの“long”(長)といいかけて相手の反応を探ろうとする。すると、みるからに典型的なイギリス女性でアメリカに行ったことはないと主張するミス・デベナムが、間髪を入れず“Thelong distance?” (長距離?)と応じる。

 あとでミス・デベナムぱTrunk call”とイギリス式にポワロの間違った英語-「トランク」(trunk)と「カバン」(portmanteau)を間違えるのはポワロのご愛敬だが一一を「訂正」する。 しかし、ふつうのイギリス人ならまず用いないアメリカ英語の“long distance"を彼女がすぐ囗にしたのはなぜか。結末に近いポワロの「演説」を聞こう。

 “Another small point was Miss Debenham's easy familiarity with the term ‘long distance' for a telephone call. Yet Miss Debenham had told me that she had never been in the States."

  (「もう1つのささいな点は、ミス・ベトナムlong distance『長距離』〕という用語をいとも簡単に用いたことです。にもかかわらず、ミス・デペナムはアメリカに行っ

  たことはないと述べておられました」)

 アルバート・フイニーがポワロを演じた映画『オリエント急行殺人事件』では、原作に大幅な変更が加えられている。イスタンブールでもれ聞いた大佐とミス・デベナムの会話の意味をポワロが厳しく追及するが、その場面で彼女は次のように答えている。

 “l can always call my lawyer long distance and this IS the private matter between the Colonel and myself."

  (「私はいつでも自分の弁護士に長距離電話をかけられますし、これは大佐と私の問の私的な問題です」)

『英語表現を磨く』豊田昌倫著より