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「古池や」を英訳する

 

 数年前に高等学校の英作文用の検定教科書を編集したことがある。編集会議では、生徒が知っている語彙とその課の例文を用いれば、ほぼ自動的に書ける平易なテキストをめざすとの発案で、作文の練習問題には注をつけないという方針を決定した。

 しかし、編集作業を進めていくと、どうしても新語で注が必要なものがでてくる。たとえば、「日本は世界地図ではとても小さく見える」という文。第1課の練習問題であり、また「世界地図」が例文にないところから、world mapを注としてつけることにした。予測される解答はJapan looks small o n a world map.である。

 ところが、語の注には冠詞をつけて単数か複数かを示してほしい、との要望が現場の先生がたから多くよせられた。生徒がもっとも苦労するのは数と冠詞だからとのご意兄である。それは現場で指導してほしい、と一応の返答をさせていただいたが、これでいいとの確信があるわけではない。たしかに、名詞の数および冠詞の用法は、日英語の相違に関する重要なポイントの1つである。

 この日英語の相違に焦点を合わせて、しばらく俳句の英訳を考えてみよう。ここでは芭蕉の有名な句、「古池や蛙飛びこむ水の音」をとりあげる。名詞は3ヵ所で「古池」「娃」および「水の音」。

 まず「古池」はan old pondがふっうで`あろう。 この「池」は単数で不特定と考えてよい。詩人がたまたま目にした「ある池」と考えられるからだ。ただ、その池が他の池とは異なる特定の意味をもつ可能性を捨て切ることもできない。 したがって、the old pondと特定する訳も生まれよう。

 「蛙」はa frog。 池に1匹の蛙が飛びこむさまが浮かんでくる。 the frog と特定化する必要はあるまい。そうすれば、詩人にとって特に意味のある虻が意識されたことになってくる。蛙の数は1匹。 frogsとすれば、蛙が池に「ポチャポチャ」飛びこむこい二なってしまう。静寂のなかで1匹の蛙の飛びこむ水音があってこそ、静と動の対比がきわだってくる。

 「水の音」はthe sound of the water,, ofのあとの定冠詞はしばしば省略されるので、the water のtheはなくてもよい。 the soundの定冠詞はof the water という修飾句により特定化されるので、これは省けない。

 なお、擬態語を用いるならばa splash。 視覚や聴覚などの感覚印象を写す擬態語は日本語にはきわめて多い。音のない状況でさえ「シーン」と表わすのは、日本語独特の表現法である。英語には日本語ほど多くの擬態語はないとはいえ、splashはその1つ。「スプラッシュ」は水のはねる音を伝える効果的な名詞である。

 動詞の「飛びこむ」は」umps inかleaps in。時制は現在形がよさそうだ。過去形もありうるが、現在時制を用いることによって、過去の出来事があたかもいま目前で起こっているかのごとき鮮明なイメージが生み出される。英字新聞の見出しでは、たとえ前日の出来事でも、TYPHOON 7 HITS KYUSHU(台風7号九州を襲う)のように現在形を用いる事例を思い起こしておこう。

文末重点の原理

 以上まとめてみると、たとえば、

(1)A frog jumps in

   The sound of the water

と訳すことができる。

「水の音」に擬態語を用いるならば、

(2)An old pond

   A frog jumps in

   A splash.


となる。

 (1)と(2)のどちらが好ましいか一概にはいえないが、一般的な英語の構造という観点からみれば、(1)のほうが好まれるのではないだろうか。 というのも、英語には「文末重点」という原理がある。「文末重点」とは重い要素を文末におくことを意味し、軽い要素は文頭に、重い要素は文末におくのが英語の文構造の原則と考えられている。

 わかりやすい例で考えてみよう。

(a) The art and literature of contemporary

  France fascinated Molly.

     (現代フランスの芸術と文学がモリーを魅了した)

 (a)は能動態で(b)は受動態ではあるが、両者が表わす深い意味は変わらず、ほぼ同義的な2つの文である。相違点はなにかといえば、文を構成する要素の配列だ。(a)(b)をこの観点から比較すると次のようになる。

The art and literature of contemporary France

(b)口
[重い要素]

fascinated口

「軽い要素」

wasfas血畑bv

[軽い要素]

the art and literature of contemporary France.

[重い要素]

 (a)は[重]+[軽]で落ち着きが悪いのに対して、

(b)は[軽]+[重]と「文末重点」の原理にかなうところから、(a)よりも好ましいと判定されるであろう。

 こうした立場から(1)と(2)を考えてみるとどうか。要素の「軽重」はその長さ、基本的には音節の数にもとづくと考えてまい。音節数を示す匸(1)は、

An old pond


A frog jumps in


The sound of the water

のように徐々に音節は長くなり、文末に「重点」がおかれている。

 他方、(2)は

と予想に反して「軽い」要素が文末の位置をしめている。特定の効果をねらわない一般論からすれば、落ち着きのよい(1)をとりたくなる。ただ、俳句は5-7-5の音節で構成されるところから、その音形を写すために最後に軽い要素をおく、という発想もあってよい。ここは意見の分かれるところであろう

『英語表現を磨く』豊田昌倫著より