読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

「古い」はoldかancientか

 

 この俳句にはすでに多くの英訳が公にされてきた。Hiroaki Sato [佐藤紘彰], (『100匹の蛙一連歌から俳句の英訳』)には100を超える英語訳が収められている。なかには意外な訳も散見されるが,まずは標準的なものからご紹介しておく。

(3)
The 01d pond;

A frog jumps in,-

The sound of the water. (R.H. Blyth)

 old pondにつく冠詞はthe The old pond, The sound, the water という[定冠詞十名詞]群のなかで,不定冠詞をもつA frogがひときわ浮き上がって意識される。theに導かれて設定された状況のなかて气新しい動きを示すのがA frog。この訳では静に対する動という対比が浮上する。

(4) The ancient pond

    A frog leaps in

    The sound of the water. (Donald Keene)

 日本文学に造詣の深いドナルド・キーン氏の訳。「古池」の形容詞にはフランス語に由来するancientが採用されている。中核語のoldに対してより文語的、「古の」にも似た詩語でもある。「飛びこむ」はleaps in。」limpの起源はおそらく擬態語であり、「音」を感じさせる語であるのに対し、leapには語頭の[I]が示唆する「なめらかさ」がある。 leapはエレガントな姿態を感じさせる語といえよう。

(5)The old pond, ah!

   A frog jumps in:

   The water's sound. (鈴木大拙

「古池や」の「や」に対する詠嘆のah!はやや直訳的にすぎるとはいえ忠実な訳出である。「水の音」はThewater's sound。 全体としてこの英訳は口本語の配列により近く、The water's sound [弱強強]のリズムは、冒頭のThe old pond [弱強強]を反復して力強いo

(6) The quiet pond

    A frog leaps in,

      The sound of the water.

         (Edward G. Seidensticker)

 日本文学の英訳者として知られるサイデンスティッカー氏は、「古池」をquiet pond とすべきだと主張する。氏によれば、日本語の「池」とは「水を満たしか入れ物」を意味するが、英語は「なかに入っている水のほうが、強く感じ取ら」れ、その結果、old pondとするならば、「年をとった水」と「馬鹿げた響き」をもつという。

 なるほどフォックスフォード英語辞典』は“a small body of still water of artificial formation” (人工的に形成された少量のよどんだ水)と定義する。 そうぃわれれば、quiet pondのほうがはるかに論理的な表現だ。ただし、実際の翻訳ではold (ancient) pondが圧倒的に多く、quiet (静かな)pondおよびmossy (苔むす)pondはそれぞれ2例にすぎない少数派である。

 「飛びこむ」にあえて過去形を採用した英訳。過去の一点に起きた出来事を結晶化させるかのようだ。むすびのKerplunkはKer +plunkからなる擬態語で、plunkは「ザブン」と落ちる音はとくに重いものが落ちるさまである。 kerplunkはsplashよりは人きな水音なのだろうか。英語の俳句をも物する詩人ギンズバーグの感性が閃く訳出であるo

 外国人でもっとも早くこの句を英訳したのは、ラフカディオ・バーン(小泉八雲)とされているが、その英訳、

(8)01d pond―frogs jumped in―sound of waterは意外である。上で`「蛙」は単数と論じたにもかかわらず、バーン訳了採nにれているのは複数のfrogs0池に次々と飛びこむ蛙であろうか。

 たしかに、複数の蛙は一般の人がいだく先入観とは異質である。おそらく詩人は虫も穴からはい出る啓蟄のころ、1匹の蛙が池に飛びこむさまであろう。ただ、この句の解釈としては、複数の蛙もあながち不可能ではあるまい。春の躍動感あふれる“frogs”はそれなりにおもしろい。

 最近の英訳ではアメリカ文学者の金関寿夫氏もfrogsを採用しておられる。

( 9 ) an old pond:

    noises of frogs

    leaping in

 アメリカ現代詩の優れた翻訳者であり、また英語の語感にとりわけ敏感な金関氏がなぜfrogsと複数で訳出されたのか、機仝にめぐまれればぜひお尋ねしてみたいと思う。

 なお、すでにお気づきのように、ノヽ-ンはpondおよびsoundに冠詞を用いていない。冠詞を用いない日本語を念頭においたからなのであろうか。そういえば、冠詞を省いた英訳も散見される。

(10)01d pond

    frog jump-in

     water-sound. (Harold G. Henderson)

これは逐語訳に近く、無冠詞の俳句は英米人にとってひときわエキソティックにひびくのかもしれない。

 最後に異色の句を1つ。

A-FROG-THAT-IS-A-LEAPING…と右から斜め左に移る直線は、水面から池に飛びこむ蛙の動作をなぞっているようだ。

 以上、『100匹の蛙』からいくつか例を引いてみたが、俳句の英訳のポイントもおわかりいただけたことと思う。英語の特徴に留意しながら、名句の斬新な英語訳を考えるのもまた一興である。

『英語表現を磨く』豊田昌倫著より