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三流の英語どまり

 

 こう考えると,幼少の頃からネイティヴのリズムに馴染んで育った子供の英語は恐ろしい。

 だが,その子供たちでもアメリカの小学校では,筆記試験ならまだしもスピーキングにおいてはネイティヴに勝てないのだ。

 「おたくの息すさんは,筆記試験はまあまあなのですが,人の前で話せないのでついていけません。申し訳ありませんが,他の学校へ変ることをおすすめいたします」と,学校の先生
から転校要請を受けてくやしい思いをしたという日本人のお母さんの話も聞いた。

 それは,両親の教育とも関係がある。

 かつて,。私はニューイングランドハートフォード地区でホーム・スティをしたことがあるが,3歳のエミーというお嬢さんと,両親のエライザー夫妻が大人の会話をしているのを知
って驚いたことがある。

 日本の両親は,子供の言語教育をする時に,子供のレベルにまでスピードを落して話をする。日本のテレビ番組でも,視聴者の知的レベルと同じ,あるいはそれ以下に落すという発想
である。

 どうも日本人は,突き離した教育はできないようである。

 ところが,このエライザー夫妻はむずかる子供を叱責する時も,まるで夫婦間で口論をしているようなスピ¬ドとロジックと難解な大人の言語を用いて叱っているので,私もヒアリン
グに苦労したくらいだ。イギリスでもオーストラリアでは私が語り合った両親はWe don'tgive them baby talk. と答える。子供といえども大人とみなし,赤ん坊のような話し方はしない
という教育者的立場である。

 それだけではない,毎日この種の特訓を受けているエミーのロジックがすごい。              。:

 ある夜のことである。エミーと彼女の父と私の3人が車で真っ暗な郊外の夜道をとばしていた時のことである。

 「パパ。うしろにパトカーが来ているよ」

 「(しまった)ねずみとりにつかまった」

 「どうして,私たちを追っかけているの?」

 「パパがスピード違反をしているからだ」

 「どうして。あの人だってスピード違反をしているでしょう」

「あの人は,捕える人。パパは逃げる人」

「どうして」

「法律に違反したのはパパの方だからさ」

 パトカーに捕まる寸前の父と娘のこの会話を聞いて,なんという会話だろうか,これがアメリカだと思った。子供の教育にも,真剣で,守らねばならぬ社会のルールといった現実原則
(lhe reality prkipk)を教えているではないか。

『上級をめざす英会話』松本道弘著より