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英語は音声から始めるべきである

 


 聴く方が先-これはあくまで理想論であり,日本ではまだ日常会話レベルのネイティヴの音は入らない。ラジオやテレビ講座といった人為的なガイジンエイゴしか聞けない地方の日本人
は気の毒である。人為的なガイジンエイゴとは,放送局の逆鱗に触れるのが恐ろしく,日本人の耳にあうように,スローダウンし内容的にも薄められたお粥英語のことであり,ネイティ
ヴや海外育ちの日本人の耳には,リズムに乏しく不自然に響く英語のことである。

 であれば,いっそのこと,思い切って赤ん坊のようにオギャーと泣いてみることだ。たとえ英語の発音がまずくても,声を出してみることである。大学のESS (英語研究会)も,私が大
阪で始めた英語道場払一種の音声道場である。どちらも,出席者のほとんどが日本人であり,日本人同士で英会話なんかはずかしいとか,ヘンな日本語英語を学ぶからという理由で敬遠
する人もいるが,これらの発声道場を馬鹿にしてはならない。たとえ相手が日本人でも,英語を発声している問,少なくとも舌は軽くなり,海外へ行ってもラクである。

 私も,英語道場で日本人相手にスピーキングを練習したものであり,道場を巣立った国際的日本人も多く知っており,スピーキングの技術を研くには,必ずしも外国人の出席か必要で
はないことはいつでも証明できる。


試行錯誤を続ける                 \

 だがリスクはある。いったん間違って覚えてしまった英語はなかなか修正できないからである。日本人同士でしか通じない英語しか話せないとなれば悲劇である。そのリスク回避のた
めに,私の英語道場では,できるだけネイティヴを招いたりしているが,独りで外人ハントをして,自分の英語が通用するかリスクをとってみるのもよい。          ■■ 
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 これは,外国人と日本人の会話というよりも,大人と赤ん坊の会話である。 だが,こういう会話を続けていると,ネイティヴからでしか学べないリズムが学べる。 English is the
Ianguage in Japan. と, theとaの相違がわからない冠詞オンチの日本人が,軽く答えても,相手には「日本では英語がメインの言語だ」と解釈され(theには「これしかない」と
いうニュアンスがある)てしまえば,コミュニケーションはストップする。だが,リズムも文法も同じであるという考えを持ったネイティヴが訂正してくれることにより我に返る。私自
身,こういうbaby talk 通じてネイティヴから英語を学んだ。だが私の英語の原点は,学校英語である。 NHK テレビ講座の担当をして数年経ってから初めて海外へ飛んだ経験をした私だ
が,ほとんど日本人の英語の先生から,しかも主に日本人により作成された英語の教科書を通じて,日本式の英語を学んできたものである。

 その意味で私は国産英語の使い手だといえるかもしれない。

 幼少の頃より,ネイティヴの英語のリズムを身につけて育った若者が私の周囲に増え続ける最近,とくにそんな感じがする。

 それはさておき,私が多くの私の同僚と違っていたところは,日本式英語や教科書英語をバネにして,それを実際に使い外国人にぷつけてみたことだ。

 I'm going to have my hair cut. と学校で教わった八ブモクテキカコブンシを使ったら, I'm getting a hair-cut.とネイ'ティヴから正される。そこで考える。なぜ,こんなところに
進行形か? なぜgetなのか?

 そのような試行錯誤は今も続けている。

『上級をめざす英会話』松本道弘著より