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日本の学生は英会話で3歳児のネイティブに勝てない

 

 3年目。

 赤ちゃんになった読者はこれで3年目に入る。だが,まだlとrの発音の区別がつかない。

 アメリカの赤ちゃんもまだ発音がおそまつでいい勝負。 th がfに変わり, withがwifとなり, driverのrが発音できずdwiverとなったり, blackのlが発音できずbwackと発音する。 
        

 だがcatとcatsの違いがわかり,walkとwalkedの違いがわかってくる。大学を出て赤ん坊になった読者が文法に関しては,アメリカの赤ちゃんに負けない。果してそうだろうか。
子供というものはpattern learners であるから,なんとなくパターンにあてはめようとする。だからテレビの「セサミ・ストリーlヽ」の中でOne of thesedoesn't belong here. という
音楽が聞こえてくると,「あれが違う」と答えてさわぐのである。だが川司番組がNIIKの教育番組で放映された畤,英語が速過ぎるという理由で,大人の視聴者のみならず若者まで聞か
なくなり,ついに放映中止になってしまった。日本の教育番組で本当のリズムを聞かせる数少ない番組の一つだと,人にも勧めていたのに残念だった。つまり,英語のヒアリングや音感
教育に関しては,日本の大学卒の人たちは,もうすでにアメリカの3歳の子供に大きく水をあけられてしまっているのだ。

 2年目ではTruck go. と2語で話していたが,3年目になると, Truck going (moving)と進行形になったり,早熟なのになるとThe truck IS going. と完璧な文法で話すようになる。
What’s going on ? という大人の英語を使う3歳児もいるという。2歳の頃はsingedといっていても3歳になるとsangとなり,不規則動詞の変化にも強くなる。sの使い方にも強く
なり,aとtheの違いがわかる。ベック博士によるとアメリカの子供は24ヵ月目から30ヵ月目までに,定冠詞と不定冠詞の区別がつくという。信じられない。私は英語道有段者(後に述べ
る)になって冠詞には悩まされ続けてきた。

 だが,高校や大学を出た,赤ちゃんである読者にもアメリカの3歳児に勝てる点がある。それは,言葉のメタフォリック的で,社会的で,道徳的な意味が赤ん坊たちには使えず,それ
らの言葉が解釈もできず,読者がI had frustrated talking with you. と言っても理解してくれない。3歳の子供に英語で本当に勝とうと思えば,big words を使うことだ。その代わ
り,コミュニケートできず,彼らから学ぶことができなくなる。 3歳の子供から学ぶ方法は,読者が赤ちゃんとなり,彼らをお母さんだと考え,争わぬことだ。

 英語を本格的に学んでから3年目といえば,私の中学3年の頃である。盛野精一という校長先生が私のクラスで文法を教えられた時に,その熱意と素晴しい発音に動かされ,ようしも
う一度英語をやり始めるぞと奮起した頃である。発音がいいか悪いかなど当時の私にはわがらなかったが,校長先生から直々に英語を教えてもらったという興奮と,同校長の熱意(今で
も忘れない)が私の身体中に伝わって,発音も美しいと感じたのであろう。恥をかきながら学ぶ

 4年目。

 4歳の子供はもう会話ができる。 しかも,身近な物体の表現にとどまらず,現実(real)と見せかけ(prelend)の相違がわかってくるから,物事の社会的,遺徳的判断も
会話の中に登場する。

 発音はほぼマスターしているが,in the dark がinadarkになったり, feet in the water がfee in a water になるというように,単に唇が重いための]azinessが原因で正
確に発音できないということではない。spaghettiがslcetty, I〕otatoがtato, play がPayというように略される。 alligatorをgatorと発音する大人もいるから,単純化はさほど罪が重
くはない。

 三人称も会話に入ってくるから,もう生意気盛りになるはずである。

 4年目といえば,私が高校1年の時,初めて教壇に立ったアメリカ人の夫人宣教師の英語を耳にした時であった。筆記試験にはかなり自信がでてきた頃の私であったが,ヒアリングは
まるっきり弱く,英語の授業は最初から最後まで一度もわからなかった。中学部出身のクラスメートにもヒアリングで水をあけられ,くやしい思いをし,一念発起し,英語の教科書に耳
にした音声に忠実なカタカナ発音記号を加え,各ページが真黒になるまでネイティヴの発音を真似た頃であった。高校1年から英会話をしても手遅れだという乱暴な発言を私がする時,
当時の私の発音で苦労したにがい経験を思い出すからだ。

 6年目。

 アメリカの子供も5年を超え,6年目に入り,幼稚園に入る歳になると,文法もしっかりし,大人の会話ができるようになる。ある言語学者によると7年目がその時期だというが,ペ
ック博士は,幼稚園児にもなると,社会的,道徳的,陰喩的な響きを持つ語彙にも強くなり,一人前の会話ができると保証する。

 幼稚園児ともなれば, 1 ) wh-で始まるいろいろな質問ができ, 2) noとnotの使い分けができ,3)受身形(John threw the ball. からThe ba!1 was thrown by John. に移
ろ)が使えるようになり, 4) andやthenを加え,文章が長くなり, 5) whenや汀が使えるようになり,関係代名詞も加わるというふうに, imbedded sentences (はめ込み文)に強くなる

 中学に入ってから英語を始めた私の6年目は何をしていたか。高校3年の頃の日記を見るとヒアリングと格闘しながら, speakingに挑戦し始めた頃である。外人八ントを始めたのもこ
の頃である。

 英語の音がわからず,電車の中で話しかけたアメリカ人に『英文毎日』の社説を見せて, Would you mind read-ing this article ? と覚えたての英語を使って尋ねた頃だ。その外
人,黙ってサーツと読み, Thank you. といって,消えてしまった。 read のあとにoutかaloudを加えなければ,音読してくれないのだ。

 ある時などは,「あんたはどこから来られたのですか」から始まって,準備した質問を二,三投げたが,相手の言うことがさっぱり聞きとれず,質問の弾が切れて,逃げ出すように途
中下車したこともある。

 その当時の私の英語は,アメリカの2歳児以下の状態だった。

 だが,赤ん坊作戦をとり,恥をかきながら,生きた英語を求めた私のやり方は間違っていなかった。それからはラジオやテレビ(当時なかった)のような放送英語はできるだけ避け,
映画館ヘヒアリングの修行に出かけたものである。

 それもただ,英語を聞いているだけではなく,スクリーンの中に入り,英語を皮膚感覚から学ぶことにした。そして,英語の先生も日本人から外人(とくに宣教師),そして大人の外
人から外人の子供と,益々年齢の低いガイジンに的を絞り始めた。外人宅まで襲い,子供に近づき,子供とモノポリーなどをしながら,彼らのリズムを吸収し,日本にいながら,外国を
経験するという融け込み作戦は,大学へ入ってからも続けた。

 ESS部員との英会話はラクだが,ネイティヴの子供との会話となるとクタクタになる。だがそこには,ネイティヴ固有のリズムがある。少なくとも教材用の英語でないから自然である。

 子供達との英会話に挑戦してから,私の英語が本当に,あるいはどこまで伸びたのか,自分でもよくわからない。だが,英語のリズムになれ,キャッチボールができるようになったこ
とは確かだ。それを別な形で証明してみる。

『上級をめざす英会話』松本道弘著より