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英語のリズム

 

 人と人が対峙する時,そこには必ずリズムが生じる。闘いの中にもリズムがあるのと同じように,相対する英語の両コミュニケーターの中にもリズムが生じる。英語固有のリズムに関
してはこれまで前著『「FEN」を聴く』で述べてきたので省き,リズムの育て方に関しては後に述べるが,ここで述べたいのは,英語そのもののリズム以外に人間同士のリズムという
か呼吸についてである。書かせれば英語は滅法斬れる。英検1級にも合格し,TOEICのスコアもかなり高い。それなのに外国人との英語のコミュニケーシ三1ンの上でうまくいかない
ばかりか日本人同士のコミュニケーシ。ンもうまくいかないというケースが多いのはなぜか。それは人間同士のリズムの欠如である。日本人は集団で受ける筆記試験には異様な執念を燃
やすが,1対1の対決を好まない。

 スピーチ・コンテストにしても1対1ではない,本来1対1(少なくとも2対2)で対決するのがルールであるディベート大会でも3対3とか5対5というふうに複数でやることが多
い。日本人が外国でビジネスをする場合も,大企業のバッジを意識しながら交渉するが,個人で1対1の交渉の場に臨むことはまれである。

 これでは,外国人という敵と1対1で闘えば勝てっこないと判断し,私は昨年日本初の「国際交渉コンテスト」を開催した。

 その目的は,日本人参加者が外国人と1対1の交渉場面でいかに英語で交渉するかを競わせ,臨場感を聴衆に提供することであった。参加者により交渉内容は異なるというテーマ選定
上の難点は否めないが,相手はこれまでの大会形式とは異なり“動く標的”,しかも外国人である点て,スリルと興奮を900名の聴衆に与え,身近なテーマと起りうるトラブルをめぐる
act o琲(演技させる)を通じ臨場感を満喫させたものと自負している。

 もとを正せば,これも英語道場の根本思想である“対決の美学”に基づく,人と人との言葉に基づくコミュニケーションである。

 英語道場という自然発生した人生道場では卒業証書はない。資格検定試験もない。

 だが,人と人が顔を合わせ,言葉を交わすところに必ずリスクが生じるという擬似体験をさせる。呼吸が合うか合わないか,という一種の闘争の場であるから,当然そこにリズムの衝
突がある。

 英語によるコミュニケーションとは,英語によるダンスではないかと思う。英語のステップで踊るためには,英語固有のリズムを学ぶに限る。そもそも英語を話すとは,英語の文化を
話すことでもあるかち,英語文化圏固有のリズムを学ぶことである。

 英語のリズムは強弱のリズムである。リズムとは夜と昼が交互に訪れるように,あるいは息を吸い,吐く時に生じるように,そこには必ずフェアな「交互性」がある。「緊張」が続け
ば,「弛緩」によりbreakされるように,リスクと緊張がいっぱいのアメリカにはbreakが必要となるoこれがアメリカ文化に見受けられる「笑い」である。それもユーモアというより冗談
である。なぜアメリカにジJ-クが多いかという理由は,観点を変えていえば,それほど緊張の多い社会であるからである。

 だから,笑いのテンポが速く,日本人はアメリカ人のジョークについていけないのだ。いくらアメリカ滞在期間が長く英会話に堪能となっても,アメリカの冗談だけはついていけない
とこぼす人が多いが,それはまだアメリカのリズムについていけないからである。

『上級をめざす英会話』松本道弘著より