話し手への信頼感

 アドラー氏白身がセールス・トークの名人なのだ。

 では,アドラー氏が,聴衆に売りたかったアイディアである3点について述べてみよう。「エトス」:スピーカーのcharacter。つまり人となりである。スピーカーに信頼感や誠実さが
感じられないようでは聴衆は最初から耳を傾けてくれないものだ。

 いくら,「アリストテレスがセールスマン」だといって払 スピーカーであるアドラー氏が,世界に名だたる哲学者であるということを知っているから,真剣に闘くのである。このテーマでしゃべるなら,著名な哲学者か,それとも全米一のセールスマンとか聴衆に信頼させるだけの実績のある人に限られる。ここにはリスクが伴う。だが,パブリック・スピーキング
一種のリスクだと考える私は敢えてそのリスクをとる。

 「哲学者である京大の桑原武夫教授は,『武蔵と日本人』という著書の中で宮本武蔵は残念なことに遊びを知らなかったと結論を下しておられます。長年に亘る調査の結果でしょうが
,その結論の導き方に問題があると思います。私の結論は,宮本武蔵は遊び人だったということです」

 私は,「宮本武蔵がもし英語をやれば,松本道弘は絶対に勝てない。そしてその証明はできる」といい続けてきた人問で,聴衆はそのことをよく知っている。そこにはethosは確立されて
いる。それだけではなく,私にはplayの精神と真剣勝負というテーマに関しては,私なりに知的に説得ができるだけの準備もある。だからこそ,勝負に出る自信があったのであるが,も
しこれが学者の集まりであれば,無名の私と学者の問にethosが生まれるわけがなく,そんな無謀な危険は冒さなかったであろう。

 書く場合も読者とのethosを意識せねばリスクは大きいが,時問的空間と編集者という「間」が入るのでリスクはかなり軽減される。だが,話す場合はまさに真剣勝負である。とくに,
説得力の場合, ethos, pathos, logosの中で, ethosが最も重要だといわれるくらいだ。聴衆との呼吸が合うか合わないかというの払 このethosの有無が大きく左右する。

『上級をめざす英会話』松本道弘著より