スピーチの英語

 

敵としての聴衆

 説得術はセールスマンシップに通じることはすでに述べたが,パブリック・スピーキングも一種の自己セールス・F一クにつながるのではないかと思う。

 説得者(the persuader)は,聴衆を顧客と見立てて何かを売るわけであるが,パブリック・スピーキングでは,何かをsellし,そのために納得させる(convince)だけでは
なく, 1) to inform (情報を提供する),2)to impress(心服させる), 3) to move the audience to action (聴衆を行勣にかりたてる), 4) to amuse (楽しませる)等,目的は多岐
にわたる。

 だから,私はpublic speaking とは,自己を売り込む術であると,敢えて定義するのである。ただ情報提供するとか,発表するだけのスピーチであっても聴衆はそのスピーチの内容と
スピーカーを品定めをしているわけであり,そこにも競争原理が働かないはずはない。

 そこには,常に,聴衆を失うのではという不安感と危機意識が伴う。

 その上うな緊張感を持だないスピーカーのスピーすほど退屈なものはない。顧客の立場を無視し,強引に迫るセールスマン。生徒の人間的成長に見向きもせず,与えられたカリキュラ
ムを機械的にこなす先生。観衆がどう感じるかなど意に介さず自分の関心事だけをロボットのように淡々と述べる講演者。自己を売り込もうと必要以上に熱っぽく聴衆に迫るスピーカー
も興ざめだが,自己をPRする気がなく,全く存在感のないスピーカーも退屈だ。

 パブリック・スピーキングにおけるboredom (退屈さ)は敵である。

 パブリック・スピーキングをおもしろくさせるコツは,もり上がり(build9))と緊張感である。

 緊張感を高める最善の方法は,観衆を甘えることのできる味方と考えす,むしろ「倒すべき敵」だと定義することだ。

 だからこそ,スピーチにも勝つための戦略が必要となるのだ。

 ところが,日本で行なわれている英語によるスピーチ・コンテストには,この肝心な戦略が欠如しているからおもしろくない。

 ある高校生のためのスピーチ・コンテストで,優勝した女性のスピーチの原稿をもう一度読んでみた。異人種が交ざりあって生活しているアメリカの一面を見て,文化ショックを受け
たことを述べているのはわかるが,いつの間にか日本人の国際結婚に関する偏見から,閉鎖性に関する説教に変ってしまっている。

 その時も審査員であった私が,高校生に説教されるような気がしていやな気持になった。

 もっともその発音が素晴らしくて優勝した女す高校生が,事実だけを言及しているか,実際本人が国際結婚をしたことがあったり,べ1ヽナムやカンボジアからの難民をうけいれたこと
があったり,個人的体験から生まれた思想や信念から語っていたら,私の心は勣かされていたことだろう。

 英語の単語を覚えるのに懸命な女す高校生が,人種問題が語れるのか,国際感覚が語れるのかとなると,そこにethosの障害が生じる。 ethos というハードルがクリアできない限り,
いくら声高に「人種偏見を捨てようじゃありませんか」とpathosを効かそうとしたって,白けるばかりである。

 私が英語のスピーチ・コンテストの審査を敬遠してきたのはそういう理由である。

 かつて,チャーチル杯英語スピーチ・コンテスト決勝戦の審査員を引き受けたことがあるが,審査の合間に,隣に座っておられたアメIJ力の婦人宣教師の審査員に,「いったいネイテ
ィヴの審査員は,スピーカーに何を一番望んでおられるのですか」と聞いたことがある。

 その答えが, We want to be entertained. (楽しませて欲しい)であった。

 外国人ジャッジは,決してWe want to be taught.(説教して欲しい)とはいわないだろう。

 同じ東洋でもパブリック・スピーキングの内容に関しては,日本以外の東洋人の方が上だといわれている。日本外国語専門学校が主催する怛例のスピーチ・コンテストでは,午前中は
外国人のための日本語スピーす大会で午後は日本人による英語スピーチ大会である。その両者の違いを調べるために,英語スピーすの審査委員長を頼まれていた私は,午前中の外国人学
生のためのスピーチを聞いてみた。3人(韓国2,タイ1)しか聞けなかったが,そこには実体験があり,迫力があり,しかも必ず笑いがあった。ところが,午後の部に参加した7名の
スピーカーの中には,だれ一人ユーモアの持ち主がなく,一度も笑いがなかった。シリアスなスピーすが悪いといっているのではないーそれが審査員(とくにネイティヴの)に説教をして
いるという印象を与えることはリスクが大き過ぎるといっているまでである。

『上級をめざす英会話』松本道弘著より