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豚に真珠(?)の時も

 だから,英語による司会や審査発表などを含め,パブリック・スピーキングに関しては, 1000回以上も経験のある私には,同じ内容のテーマを話す場合に仏その場に合わせて料理することなどわけはない。だが油断は禁物,私は近年大失敗したことがある。それは母校の関西学院高等部で講演を頼まれた時のことである。賀川豊彦今東光(どちらも学生時代に聞いたことがある)に引き続き,松本道弘が全校生徒の前でのゲスト・スピーカーに選ばれたということで,誇りがあったし,少しくらい難しい話をしても母校の大先輩の話だから後輩も静かに聞いてくれるだろうと夕力をくくっていた。だが聴衆分析を怠った私は甘かった。「三島由紀夫が割腹した時,ぼくは会社を辞め教育界のために……」

 と,得意な身の上話をし始めたが,講堂内の騒ぎがおさまらない。

 たいがい,観衆はここで水を打ったように静かになるはずなのに,リズムが狂った。

 どうも勝手が違うと思った私は,話をストップして,一番前列の学生に指をさし,「君らは,三島由紀夫の自殺のことを知らないのか」と質問をした。

「ぼくの生まれた年でした」

「歴史の時間で聞いたことがあります」

 この2人の発言を間いて,私は愕然とした。 1O代の聴衆といえば,40代の中年スピーカーからみれば,まさに手強い敵であったのだ。 25年ぶりに訪れた母校の後輩は味方だと,敵を甘くみだ私に甘さがあった。

 あとで,25年前に教えていただいた生物学担当の田淵先生に,私のスピーチがいたらなかった原因を教えてもらった。「あのあと,ぼくはクラスで三島由紀夫の割腹の話の続きをやりました。切腹とはこうやるのです。まず第1に……,第2に,介しゃく人が来て……。このように説明してやると,みんなが表情をこわばらせて,静かに問き入っていました」

 現場の先生には勝てぬ。その日は深く反省し敗囚を分析した。

 ゆめゆめ聴衆(敵)の分析を怠ってばならない。彼らが牛耳っている生徒会では,明石家さんまを招きたいといって沸き立っていたという。

 少なくとも高校時代の当用日記を読み直し,賀川か彦氏がどんなスピーすをしていたか,その反応はどうであったかを思い起こすくらいの余裕があってもよかったのではと思う。

 再びその日の日記を読んでみたが内容のことには一切触れていない。私の周囲の者が,「派手に紙をつかいよるのお」ととんでもない反応を示していたことだけが日記に書きとめられていたことを知ると,あれほど熱介で知られたパブリック・スピーカーでも高級な(?)話の内容も“豚に真珠”だったのだなあとつくづく思う。

 今年の6月生まれて初めて東大の駒場校舎を訪れ,『タイム』誌を教材に講演することになった。当日の前夜,私は今の東大生にどんな話か受けるか考え,現在の東大生気質に関し,あらゆる人達から情報を集め,「東大生か英語のスピーキングができない6つの理由」なる,次のようなメモを作成した。

 1.(体力)東大生は疲れている。(甘やかされて体力がない)

 2.(気力)追われる身で,追随するナンバーツーを恐れチームワークが組めない。追う者は常にリスクのとりやすい立場で有利。

 3. (対人関係)ペーパーテストに強くとも“対決”の経験に乏しく,“遊び”がない。

 4.(リスク・テイキング精神の欠如)今後とも官僚というリスク・アヴォイディングのthe path of leastresistance を歩むことになる。

 5.(創造性の欠如)偏差値社会のチャンピオンで素直だが,変化球に弱く,伝統破壊的な創造性は生まれない。

 6.(環境論的に不利)過去が明る過ぎた。落ちこぼれの経験がなく,今後共エリート・コースを歩き続けることができるので,リスクをとることが許されず不利。アメリカという競争社会では一流大学のMBA(経営学修士取得者)達でも,どん底に落ちるので危機意識が強い。

 以上英語のスピーキングに必要な6つの資質に欠けていれば,いかに成績優秀な東大生といえども英語のスピーキングはだめだろうと述べ,その対策を論じたものだが,不思議なことに,講演が終ったあとち拍手が鳴りやまず,これまでのJust On Time (タイム社と各大学生協の企画)の講演の中で,一番受けた(早稲田大の時と同じていどに)部類に入ると思う。

 今から考えてみると,「まず第1の理由は,あなた方は疲れている」というリスキーな発言で勝負に出だのが良かった。数百名の聴衆はドッと笑い,大受けしたことであとまで両者(スピーカーとリスナー)の呼吸が合ってしまったからだ。もし第1の理由として,創造力の欠如をあげていたりすれば,最初から白けてしまったか,それともプライド高き東大生を敵に回してしまったかのいずれかであったろう。

 

 スピーチが受けるか受けないか

最終的にはスピーカーの誠実性によるものであろうが,それもなんとなく聴衆に感じさせるのではなく,証明されなければならない。

 東大症候群を破るには,デートの数を減らしてでもいい,吉川英治の『宮本武蔵』全巻を持って,独り旅に出よ,という具体的な処方箋を述べた。もし,「あなた方が英語のスピーキングを仲ばそうとすれば,松本道弘の本を読むことだ」というように自己PRすれば,マイナス効果になっていたことであうう。

 聴衆は敵である。

『上級をめざす英会話』松本道弘著より