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同時通訳の英語

 

瞬間の芸術

 同時通訳とは瞬間の芸術である。日本語から英語へ,あるいはその反対に英語から日本語へ瞬間に置き換える作業で,その原理は,テレビの画面などでお馴染みの手話通訳と同じである。あるいは,恐山のイタコの口寄せ(神下ろしともいう)のようなものである。アメリカ大使館で通訳の修行をしていた時の私の同時通訳の師範であった西山千氏は,「同時通訳とは右から左へ,シンボルを移し換えることだ」といとも簡単に言われたのだが,その当時シンボルという意味もピンとこなかった。

 完全なバイリンガルのコミュニケーターであった西山千氏が,「『前向きに考える』とはhave an open-mind のことです」と何気なく語られても周囲にはその英語のシンボルが掴めず,それ以来, open mind という言葉を注意して探してみると,やはり「前向き」と訳して通じることが多いのだ。

 ところが,同時通訳者は瞬問で勝負をする言葉の芸術家であり,正しい訳がみつかるまで待つというわけにはいかない。

「大義名分が」ustificationか。……考えてみればあの文脈では,適訳だ。それにしてもどうして,うちの親分は瞬間にひらめくのだろう。頭の構造が違うのかな」と,師匠の通訳に聞き惚れていたものだ。

 米大使館で西山千氏の下で同時通訳の修行をした経験が私の英語哲学のみならず,異文化問コミュニケーシ=1ンに関する独自の見解を生み出す上で大きく寄与したことはたしかだ。

『上級をめざす英会話』松本道弘著より