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夏のスピーキング

 

 夏の間に初段をとっておかねば,秋(中年)以降は有意義な英語道人生は送れない。とはいうものの,中学で英語を始めて,大学を卒業する頃に初段のランクに達することのできる若者は,1万人に1人というところであろう。戦略がないから,英語に関心を持つ人のほぼ全員が落伍してしまう。 しかも自分が落伍しているという自覚のない人が多いということであるから,ますます深刻である。

 夏になれば,インプットした情報を現実にてらしあわせて議 論や闘論を通じて検証(lest)する時期に入るので,このシーズンでは春ですでに卒業(それも早いうちに)しておくべきスピーチなどをやっていると,それこそ落ちこぼれてしまう。

 ディベートとは,必寸しも勝ち負けを殼うのが目的ではない。

 学校の名誉のために闘うというディベート土,春の時期で卒業しておくべきである。夏のディペー凵よ,個人のためのものであり,異なった意見を衝突させることによる新しいintelligenceを生み出すなど付加価値を創出させるものでなくてはならない。闘いながら学ぶーいや学ぶために闘うのだ。

 そ紅点情報(information)が多ければ多いほど,そしてその情報が矛盾する情報との衝突が激しければ激しいほど,加工された情報(iIuemgenceと呼ぶ)の密度と純度は高くなるoこの勝負に勝ち残ったものだけが,秋で勝負ができるのである。

 では,ディベートをする技術もそのために必要な情報量もない若者(日本の大学ではどちらも学べない)にとり,夏はどう過ごせばいいのか。

 一つには, MDIがやっている実用英語特訓セミナーや企業訓練がある。これは実用英語の4技能(読み,書き,聞き,話す)をつきっきりでコーチするhands-on方法で,批判力(critical judgemeut)を鍛えるための英語のディベートがハイライトこなっている。 もう一つの方法は,英語道場という自由参加のフォーラムである。

 参加の資格は一切問わず,英語の下に平等という発想で生まれた英語道場の当初の形態は,ただ外国語を話しているだけで楽しいというplayful conversation の場であった。大学のESS部員が昼休みの時問に英会話しているようなものである。

 それが, social conversation の場になり,知的な交流を求める人達(大学の英語の先生以外の人達やサラリーマン)が増え,今日のpurposeful conversation に進化していった。

 私の理想とする英語道場は,『将兵論』(たま出版)でも詳述したが, Socratic questioning とactive participationであり,この道場哲学は「学校の“道場化”」論議と共に今後とも拡かっていくものと思う。ハーバードのビジネス・スクールでやるケース・スタディー(事例研究)などはこの精神に近い。