本能をうみだす脳

 

 どんな高僧、聖人、碩学といえども、これだけはどうすることもできない。

 私たちの頭のだかに、おのずとわいてくる生物的欲求の心---この心なくては、私たちはこの世に生をつなぐことができない。なぜなら、それは、個体維持と種族保存の営みを、た
くましく推進する心、すなわち本能的な心であるから。

 身体のすみずみまで酸素を供給するための呼吸欲、脳細胞をいつでも活動できる状態に保つための睡眠欲、体内の水分のバランスを保つための飲欲、細胞に栄養分を供給するための食
欲、人類の永遠の生を保証するための性欲、そして、協力の実をあげるための群集欲がこれである。

 これらの欲求の心が、なにかの原因ではばまれると、私たちは窒息感をおぼえ、睡眠不足を訴え、渇感、空腹感をおこし、孤独感におそわれるのである。

 この欲求不満は、幸いにも、不快の感じを伴うので、不快感をなくするために、私たちは積極的に欲求不満を満たそうとする衝動にかられ、欲求をかなえようとする行動にかりたてら
れるのである。

 ところで、本能的欲求の心、欲求不満の感じ、そして欲求が満たされたときにひたる満足感、これらの心の動きがすべて脳で形成されていることはいうまでもない。

 これらの欲求活動のうちで、呼吸と睡眠には、私たちの心の積極的な働きかけはほとんど必要としない。その仕組みが、心の働きのない脳幹で反射的に営まれているからである。

 これに対して、そのぽかの欲求は、その欲求の心でかりたてられた行動によってはじめて満だされるのである。欲求の心に操られたやむにやまれぬ本能的な行動である。従って、この
仕組みは、当然、心の座である大脳皮質で統合されているはすである。

 さきに、どうすることもできない欲求の心、やむにやまれぬ本能的な行動といった。しかし、よく発達した新皮質をもっている私たち人間は、この本能的女心と行動を、ある範囲内で
コントロールすることができる。食物申相手の女性や友だちを選ぶことは、新皮質のJントロ、ルの一つの現われにほかならない。

 それでは、これらの本能的心の形成と、本能的行動の発現の仕組みはどうか。ここでは、食欲と性欲と群集欲について述べよう。食欲の仕組み 食欲、食行動は空腹感にはじまる。空
腹感の原因については、古くから、二つの考えがある。一つは末梢説であって、胃の内容がなくなると、胃壁からイングルスが脳へ送りこまれ、これが空腹をおぼえさせる原因であると
いう。この主張には、アメリカの生理学者が行なった実験が有力女支持になっている。キャノンは、胃のなかへゴム球をいれ、胃の収縮運動をこれによって記録してみた。すると、胃の
収縮か盛んになると、ひどい空腹感をおぼえるという。

 キャノンの考えは、一応もっともらしく思えるが、動物で、胃の支配神経をすっかり切っても、あるいは、胃を切りとってしまっても、動物の食行動にはたいした変化はおこらない。
時がくると空腹をおぼえたかのように、エサをさがしもとめる。胃を全部切除した人間でも同じである。このようなわけで、この末梢説は否定されている。

 これに対するもう一つの考えは、脳に中枢があるという中枢説であって、現在は、この考えが一般に認められている。シロネズミの視床下部で、内側部(特に腹内側核)大両側性にこ
わすと、餌をたべる量が二倍くらいにまし、体重もどんどんふえてくる。ところが、視床下部の外側部をこわすと、動物は餌をたべなくなり、ついには、痩せおとろえて死ぬ。

 こんどは、外側部に電極をいれて、電気刺激をすると、盛んに餌をたべだすのである。図56は、食欲の高まりをもっとはっきり示した実験である。視床下部の外側部に電極をいれた雄
のネズミを、雌のネズミと一緒におく。雄ネズミは、床に餌があるのに、それにはみむきもせす、雌ネズミに関心をもつ(A)。そこで、電気刺激をすると、B、Cのように、とたんに
餌を盛んにたべだす。しかし、刺激をやめると、Dのように、餌をたべるのをやめて、また雌ネズミに関心を示すようになる。