意識を支える仕組み

 

 いまさら、意識とはなにかと詮議だてしてもはじまらない。ある学者は、十六の項目をあげ、各項目にかなっているときに、その人には意識があると判定できるといっているくらいだ
から。

 アメリカの神経学者は、「自分の周囲のことと自分自身のことがわかっている状態」が意識があるという。わかったようなわからないような定義である。しかし、意識があるとか、意
識がなくなったとかいって、お互いに話が通じているところをみると、はっきり定義はできないにしても、意識に対する共通の体験をお互いにもっているはずである。そこで、この共通
の体験に基いて、話をすすめることにしよう。

 一番はっきりしている意識の共通体験は、目ざめているときと眠っているときである。そこで、目ざめと眠りの仕組みがわかれば、意識の仕組みはまず解決したといってよかろう。

        回顧趣味のきらいがないでもないが、目ざめと眠りの原因を、脳の仕組みに求めた二、三の考え方を簡単に紹介しておこう。

        まず、マウトナ、の考え方である。彼は、当時流行した嗜眠性脳炎患者の死後の脳を調べて、中脳水道のまわりがふくれあがったり、こわれたりしていることに気づい
た。そこで彼は、この変化が脊髄から脳へ上行する感覚のイップルスを阻止し、そのために意識がなくなるのだと解釈し、中脳に眠りの中枢を考えたのである。

 その後、エノモも、脳炎患者の脳を調べて、中脳から視床下部基底核におよぶ領域がこわれていたので、この領域に、目ざめと眠りの中枢を考えた二九二六年)。

 これらの臨床観察に刺激されて、動物の脳について、意識の仕組みを実験的に研究する人、がでてきた。その一人は、スイスの生理学者ヘスである。彼は、ネコの視床下部の後部に電
極をいれ、直流を流してそこの脳細胞の働きをなくすると、ネコが眠ってくることをみた二九二九年)。その後、アメリカの解剖学者ランソンは、同じ場所を交流で刺激すると、動物が
目ざめてくることをたしかめ、また、そこをこわすと動物は昏睡状態になるので、視床下部に目ざめと眠りの中枢があると考えたのである二九三四年)。

 ヘスは、さらに研究をすすめ、視床下部から中脳にかけた領域に、向勢力帯と向栄養帯を想定し、前者を刺激すると、ネコは目ざめて、興奮するが、後者を低いサイクルで刺激すると
、動物は眠り、高いサイクルで刺激すると目ざめてくるという。

 その後、解剖学者ナウタはスイスで実験し、視床下部の前部には眠りの中枢があり、後部の乳頭体のあたりには目ざめの中枢があると結論した。そして、この二つの中枢の、相互作用
によって目ざめと眠りがおこっているのだという。

 これらの考え方は、場所はそれぞれ違うが、脳幹に自動能をもった中枢を想定し、その働きによって目ざめと眠りのリズムが作られているという点では、一致している。

 これに対蹠的なのは、クライトマンの主張である。彼のいう「必然性の 日ざめ」は、内臓やそのほかの感覚器からでるイングルスが脳へ送りこまれることによって保たれ、「選択性
の目ざめ」は、習慣や学習や思考に基く自分の意志によっておこるというのである。

 ところで、この考え方を実験に訴えたのが、ベルギ、の生理学者ブレ、マ、(F. Bremer)である二九三五年)。彼は、ネコの脳をいろいろな高さで切断して実験し、目ざめた
状態を維持させるものは、大脳皮質へ送りこまれる感覚のインプルスであると結論した。そして、彼はこの研究ではじめて脳波を意識の水準の客観的表示に使ったのである。

      その後、マグンは、イタリアの脳生理学者と協力してブレーマーの実験を検討し、意識の生理学的仕組みとして、網様体賦活系を設定したのである。

 マグッたちは、脳へはいる感覚のインプルスを阻止するために。脳幹を切断する代りに、脳幹の外側部を通る感覚神経路だけを完全にこわしてみた。クライドンやブレ、マ、の考えに
よれば、動物は昏睡状態になるはずである。ところが、予期に反して動物は目ざめている。

 そこで次に、感覚神経路の通っていない脳幹の中心部、すなわち網様体をこわすと、こんどは動物は昏睡状態になり、脳波も深い眠りのパタンを示すのである。マグンはこの実験に力をえて、ひきつづき研究を進め、ついに、図69に示す、網様体賦活系の構想をたてたのである。