新皮質と大脳辺縁系が、それぞれ別の賦活系によって、その活動水準が統御されていることがわかったが、この二つの賦活系は、決してお互いに独立であるはずはない。新皮質で形成される高等な精神活動と、大脳辺縁系で営まれる基本的な心の動きとは、お互いに関連しているはずである。

 私たちは、この関係を、いろいろな方法によって調べ、新皮質の活動の水準が、視床下部の働きによって統御されていることをたしかめたのである。すなわち、視床下部が、中脳を上行する網様体賦活系に働きかけて、その賦活作用を持続的に統御している。そして、この働きかけの解剖学的実体に、辺縁中脳野をあててよかろう。

 視床下部からの働きかけが、網様体賦活系にどんな性質の賦活効果をおよぼしているかということについては、まだはっきりしていない。しかし、おそらく、視床を通らない賦活経路につながって、大脳皮質全体の活動水準を持続的に統御していると考えられよう。

 ブレーマーが行なったように、中脳の前方で脳幹を切断すると(上位離断脳という)、網様体からの働きかけがなくなるから、新皮質は深い眠りの脳波をだすことはよく知られていることである。ところが、この揚合の旧皮質や古皮質の脳波は、高い活動水準のパタンを示している。このことは、視床下部を駆動する神経性の要因(感覚のインプルス)はなくなっているのに、視床下部がある水準の活動を営んでいることを示唆している。つまり、視床下部に自動能があるということであって、この能力は、ここを流れる血液中の成分によって発動され、維持されていると考えられる。実際に、このような上位離断脳で、アドレナリンの少量を注射したり、炭酸ガスを吸入すると、旧皮質や古皮質にはっきりした賦活効果があらわれてくる。このことは、視床下部に血液中のいろいろな成分の変化を受容する細胞があることを示しており、かつまた、視床下部の自動能は、それによって維持されていると考えられる。

 以上述べたような考え方に上ると、マウトナ、が、中脳水道のあたりに眠りの中枢を求めたことも,

 中脳から視床下部の領域に目ざめと眠りの中枢を考えたことも、あるいは、フンソンキヘスが、視床下部に目ざめと眠りを司る意識の座を設定したことも、よく説明できる。また、視床下部視床腹部と中脳との連接部位に損傷がおこると、ひどい昏睡状態になるという臨床報告もよく理解できる。

 図賦活系の新しい構想を模型的に示したものである。この構想によると、大脳皮質全体の活動水準を規定する中心は視床下部にあるといえる。従って、新皮質は、視床下部による持続的な賦活によって基本的な活動水準が保たれ、その上に網様体から賦活される活動が加重していると考えられる。

 さきに、意識を明敏な意識と素朴な意識に区別したが、明敏な意識は、網様体の活動によっておこり、素朴な意識は、視床下部の活動によって保持されていると考えられよう。同じように、クライトマンのいう「必然性の目ざめ」は視床下部によって、「選択性の目ざめ」は網様体によって形成されているともいえよう。あるいはまた、エコノそのいう「脳の眠り」は、網様体の活動が弱ったときであり、「身休の眠り」は、同時に視床下部の活動。そのほか、浅い眠り、深い眠りや夢みる仕組みが、これで理解できるようである。

 マグンにしても、ゲルホルンにしても、賦活の中心である網様体視床下部は、そこへ流れこむインプルスだけによって駆動されているという。すると、私たちの目ざめと眠りは、全く受動的なものと考えねばならない。しかし、目ざめや眠りのリズムの形成は、それだけでは決して説明されない。神経性の要因以外のリズム形成のための根元的な要因がなくてはならない。おそらく、リズム形成の根元は、体液性の要因によって発動され、維持されている視床下部の自動能によっていると考えられる。

 近年、いろいろの向精神薬が作られ、その作用の仕組みが詳しく調べられているが、まだすつきりした形で説明されていない。しかし、この新しい賦活系の構想の線に洽って調べれば、作用 する部位や仕組みが、はっきりわかるはすである。実際に私たちは、バ、ビツレ、ト酸系の麻酔薬は、主として、新皮質系の賦活系に作用してその働きを弱め、クロロプロマジンは、主として、大脳辺縁系の賦活系に作用してその働きを弱めること、アルコ、ルは新皮質系を選択的におかすこと、などの新しい成果をえている。

 新皮質の活動水準の基盤が、視床下部によって規定されているとすれば、当然、新皮質のいろいろの現象も、視床下部の活動水準によって大きく左右されるはずである。図72は、そのことをはっきり示した実験である。視覚の神経路の中継核である外側膝状体視床の一部)を刺激して、新脳皮質の視覚野で誘発電位を記録すると、その波形が、視床下部の活動水準を表示する海馬の脳波のパタンの変化と、きわめてよく対応して変っていることがわかる。そのほかにも、同じような事実がみられているが、このような事実は、大脳皮質の生理学的研究に対して、新しい方法論を提示したものであり。ひいては、脳の研究に対して、新しい突破口を開いたことにもなろう。

 精神の座の大脳皮質に、新皮質と旧、古皮質とがあって、それぞれ異質の精神活動か営まれていることはさきに述べたが、この二重構造はただの積みかさねではない。視床下部と辺縁中脳野における両者の賦活系の交渉によって、新皮質は旧、古皮質の基盤の上でその活動を営んでいることが明らかになったわけである。

 しかし一方では、脳脊髄軸の特性として、上位脳は下位脳に対して抑制的に働いているから、旧、古皮質に対する新皮質の抑制的仕組みを当然考えねばならない。この仕組みの解剖学的、生理学的研究はまだ十分みのっていないが、人間性の本質を付与する仕組みと考えられるだけに、今後の研究が大いに期待されるわけである。