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なぜ終わりが大切か?

 

 終わりが重要な理由は、二つある。

 第一に、「読むに値する文章かどうか」を判断するのに、最初を見るだげでなく、結論を読七人もいるからだ。それどころか、最初は飛ばして終わりから読む人もいる。岸信介元首相は、書類を後ろから読んだそうである。しつけ、事務的な文書に関しては、これは正しい読み方なのだ。

 ある本でこのことを書いたところ、「そんな読み方はけしがらん」と批判された。たしかに、書きすの立場からすれば、後ろから読まれてはかなわないだろう。しかし、「最初から読め」と読者に強制するのは、傲慢な態度だ。「読者は王様です」と言うっもりぱないが、特定の読み方を読者に強制することはできない。

 論文には必ず結論がなければならない。論文の主要部分は、最終的な結論を導くためのプロセスにすぎない。結論部分にあるのは、第1章で述べた「ひとことで言えるメッセージ」である。論文の読者は忙しい人なので、まず最初と最後だけを見る。つまり、問題と答えだけを見るのである。結論部分に答えが書いてないと、捨てられる。後ろから読まれることも想定しておくのが、謙虚な著者の態度だ。

 終わりが重要な第二の理由は、読後に残る印象だ。

 カミュの小説『ペスト』の最後は、疫病の終息を祝う花火の場面である。医師リウーは、人々の喜悦ぼっかに脅かされていると警告する。なぜなら、ベスト菌は決して死ぬことも消滅することもなく生き続けるのであり、そして「いつか、人間に不幸と教訓をもたらすために、ペストが再びその鼠どもを呼び覚ます日、がくる」から……。海の音と、なま暖かい風の音と、そして遠くの町のざわめきが聞こえてくるようではないか。

 映画の場合には、終わりはとくに重要だ。観客は、最後の場面を心に抱いて映画館を出る。

長文章法:野口悠紀雄著より