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文章のまとまり相互間の関係

 

 結論と理由の順序

 2で述べたのは、個々の文をどのように続けたらよいかという問題だ。類似の問題は、文の言とまり相互間においても発生する。

 しばしば問題となるのは、結論が先か、理由が先かである。

 数学の場合には、定型的な書き方がある。主張を「定理」として示し、つぎに、その「証明」を行なう。そして、定理の後に、その意味を説明したり具体的な応用法を示すために、「数値例」をあげる。

 つまり、

 (1)主張

 (2)理由

 (3)例示

の順になるわけだ。

  一般の論述の場合には、これを定型どおりにすると、堅苦しくなるかもしれない。ただし、論述の基本形はここにあることを意識すべきだ。

 なお、数学の定理は(それが正しいものであれば)反論されることはありえないが、それほど厳密でない主張に対しては、反論があるかもしれない。その場合には、右に続けて、

 (4)予想される反論の紹介

 (5)それへの反論(主張の再確認)

を加える。

  * なお、数学では、いくっかの命題の叙述も一定の順に従う。すなわち、主要な主張は、「定理」として示すが、それを導くための補助的な命題は、「補題(レンマビとして、定理の前に述べる。そして、定理から簡単に導かれる命題を、「系(コビフリ)」として、定理の後に示す。

 一般から具体か、その逆か?

 数学の「定理」は一般的な命題であり、数値例はその具体例である。つまり、叙述の順はコ般的な命題から、具体的・特殊な命題へ」となっているわけだ。

 論述文では、論理構造が厳密でない場合にも、一般的な命題をまず述べ、つぎに具体例を示すことが多い。例えば、つぎのように。複文では、主語と述語が離れることが多いので、意味をとりにくい。例えば、つぎの文章のように。

 しかし、論理的にそれほど厳密でない主張を述べる場合には、いくつかの具体事例をまずあげ、その後で、「このように」とか、「これらの例からわかるように」などとして一般命題を示すほうがわかりすすい場合もある。これは、発見的な書き方、あるいは(演繹に対して)帰納的な書き方である。この章の1の最初では、このような書き方をした。

 このような書き方だと、いきなり「複文」という概念が現れる。しかし、複文とは何かを知らない読者も多い。そこで、事前に「複文」の意味を解説する必要がある。しかし、そうすると、読者は、この論述のテーマは複文の解説だと誤解する可能性もある。数学では最初に概念の定義を行なうのだが、通常の論述文でこれを行なうと堅苦しくなる。脚注をつけて「複文」の説明をすることも考えられるが、すぱりわかりにくい。Iの最初で「具体例から一般命題へ」の書き方をしたのは、こうした事情を考慮したからだ。

 ただし、具体例が長々と続くと、どのような結論にいたるのかが、明確にならないときもある。一般命題が現れるまで、読者はペンディング状態に置かれる。

 一般命題と具体例のどちらを先にするのかよいかは、いちがいには決められない。場合に応じてわかりすすい順序を選ぶしかない。

 どうすればよいか?(その1)最初に見取り図を示す

 第3章で、論述文は「序論・本論・結論」の三部構成にするのがよいと述べた。

 しかし、序論が長々と続くと、全体として何を言いたいのかが、読者に伝おりにくい。

 苦労して獲得しか命題の場合、それを発見した経緯を、どうしても書きたくなる。だ、か、読者の立場からいうと、知りたいのは結論である。

 序論で言うべきことは、発見の経緯というよりは、むしろ全体としての見取り図である。多くの場合に、まず最初に結論を示し、なぜその問題が重要なのか、なぜその結論が導かれるのかを、そのあとで説明するのがよい。

 これは、講義をする場合にも必要なことだ。ひたすら数式を展開してゆくだけだと、全体がどうなっているのかわからない。私は、結論の概略とそれを考える意味を、数式展開の前に述べるようにしている。

長文章法:野口悠紀雄著より