論理関係を正確に

 

わかりやすい文章を書く大前提は、ます何よりも、著者自身が内容をよく理解していることである。これは、当然のことだ。しかし、実際には、そうでもない。学生の論文では、つぎのような問題が頻繁に生じる。

 (1)問題が何であるかを適切に捉えていない。

 (2)議論の前提、か明らかでない。結論が明確でない。

 (3)前提から結論にいたる論理的な筋道、が曖味であったり、論理の飛躍がある。

 これは、著者が内容をよく理解していないことの反映だ。書いている当人がわかっていないことを読者にわからせようとしても、土台無理である。

 「内容をよく理解する」うえで一番重要なのは、論理関係を明確に把握することだ。例えば、つぎの問題を考えてみょう。

 「主語と述語が離れている文はわかりにくい」と述べた。では、主語と述語が近くにあれば、わかりすすい文になるか? そんなことはない。主語と述語がねじれていてもわかりにくいし、修飾語と被修飾語の関係がはっきりしなくてもわかりにくい。これに対して、わかりすすい文では、主語と述語は離れていない。

 これは、このの命題が真であるとき、裏命題は必ずしも真でない」「元の命題が真であるとき、対偶命題は必ず真である」という論理法則からただちに導かれることだ。いまの例では、

 元の命題主語と述語が離れている文は、わかりにくい。

 逆命題-わかりにくい文は、主語と述詰が離れている。

 対偶命題-わかりやすい文は、主語と述語が近くにある。

 裏命題(対偶命題の逆命題)―主語と述語が近くにある文は、わかりやすい。

となっている。

 この論理法則は、形式論理学の基本であり、誰でも知っているはずだが、つい間違える。書いているうちにうっかり間違えることもあるので、注意が必要だ(なお、以上のことは、図を使えば簡単に示せる。「主語と述語が離れている文の集合」は、「わかりにくい文の集合」の部分集合になっている)。

 この論理法則を無視した批判を受けることも、しばしばある。「主語と述語が離れている文は、わかりにくい」と主張したにもかかわらず、「主語と述語を近づけさえすれば、わかりやすくなるというのか!」と批判される。

 経済問題の論議では、この類の批判が非常に多い。「日本経済活性化のためには、企業構造を変える必要がある」と主張すると、「企業構造を変えるだげで日本経済が活性化するとでもいうのか!」という批判が起こる。「きちんと読んでください。形式論理学基本法則を、どうか忘れないでください」としか答えようがない。

長文章法:野口悠紀雄著より