真の悪文は羊の皮をかぶっている
「わかりにくい文章」を書かねばならないのは、責任やコミットメントを回避したいからだ。しかし、こうした場合に複文すカタカナ用語を多用すると、すぐに批判の対象となる。「わかりにくい文章にしたい」という意図が、みえみえになってしまうからだ。だから、これは
「初級の悪文」である。
責任回避やコミットメント回避をしたい場合に効果的なのは、具体的な意味が不明な言葉を多用することだ。例えば。
「当社は、すさしさとしなすかさ、そして人間性尊重を究極の経営理念として追求します」というように。あるいは、自明である命題を仰々しく言う。トートロジー(同義語反復)だからといって批判されることはない。
「抜本的税制改革の基本方針は、すべての企業す個人がニー世紀の経済環境の中で適切に経済活動が行なえる基本条件を整備し、もって日本経済発展の基盤を作ることにおかれなけれ
ばならない」というように。
こうした文章を一読したときは、たんとなくわかったような気になる。しかし、よくよく考えてみると、何を言っているのかわからない。プロの空き巣は、侵入したことがただちには判明しないように、部屋の様すを整えてから退出する。「外形標準では判別できないようにする」のが、本当の専門家の手口である。真に恐るべき狼は、羊の皮をかぶっているのだ。
1 複文の場合、「主述泣き別れシンドローム」(主語と述語が離れてしまうため、関係をつけにくい)、「主述ねじれシンド-ローム」(主語と述語が対応しない)、「主語述語失踪事件」(主語す述語が消えてしまう)などが頻発する。これに対処する方法は、
(1)複文をより簡単な構造の文に分解し、一文中の主語を二個以内に限定する、
(2)漢語を用いて簡潔にする、
(3)余計なものはすべて削る、
ことだ。
修飾語と被修飾語の関係が不明確なことも、文を読みにくくする。
2 文と文のっながりが不明確なために、意味をとれないことも多い。
これに対処する方法は、
(1)接続詞で論理関係を明示する、
(2)代名詞の使用を避ける。多用する概念には名前をつげる、
ことだ。
3 主張点とその理由をはっきりさせ、また文章全体の構造を明確にする。このため、
(I)最初に見取り図で全体の構造を示す、
(2)箇条書きで示す、
(3)わき道にそれた箇所は脚注などで明示する。
4 文章がわかりにくくなるのは、各部分が全体とどのように関連しているかが掴みにくいからだ。
5 わかりにくい文章を書く必要に迫られる場合もある。真の悪文とは、正確であり、かつ全体の意味が漠然としているものである。
長文章法:野口悠紀雄著より