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バイオ研究の倫理

 

 実験動物を使わざるをえない状況の「バイオ」研究者と大学院生、そして、動物実習で解剖をしたりさせられたりする学部生は、動物実験をどう思っているのであろうか。動
物実験の倫理についての教育を一切受けてこなかった。それで、どう対処していいかわからない自分と直面してしよう。学部生・院生にどう指導したらいいのだろうかと悩んで
しまう、自分は主犯になってしまうのだろうか?と不安になる。当時の法律や社会常識では許されても、10年後20年後に責任を問われた事件は歴史上山のようにある。だか
ら、今現在の状況下で違法でなくても、自分なりに納得しておきたい。

  動物実験を必要とする自分の研究と、できれば動物を殺傷したくない個人感覚の板ばさみになっている。そして、動物を殺傷したくない個人感覚は歳とともに増大していて
、最近は、毛皮製品よりも石油化学製品を求め、動物園にいっても見世物の動物に複雑な気持ちになり、食生活上は肉や魚を食べない菜食主義者の方向に向いつつある。

 先日、拙宅に滞在したアメリカ人男性アンドレイは、アメリカの病院の集中治療室で働く正看護人である。毎日、人間の生と死に直面している職場である。そのアンドレイが
「サーカスの動物をどう思うか」と問いかけてきた。また、もっていた『ウィーガン』14日絶対菜食主義者)という本を熱心に読んでいた。

  ささいな「バイオ」研究者である。そういうささいな「バイオ」研究者でも、現代では、「バイオ」研究の倫理を気にせざるをえない。国際社会では、さまざまな価値観・
文化観・宗教観に基づいた倫理やルールがますます強く要求されている時代である。「バイオ」研究者は、そういう倫理問題も、自分の研究の一部と思って対応していかないと
、多量に使った実験動物が、いずれ将来、自分の首を絞めるかもしれない。

ケンとともに玄関のドアを開けて家の中に入ると、大きな猫がわれわれを出迎えてくれた。ケンは猫にジャンプさせたりして遊んであげた後、私とパートナーのケイを誘って、
スーザン夫人とともに庭に出た。

 「鹿(もちろん野生)が出てきて庭に植えた花を食べて困るんです」とスーザン夫人がいう。「オポッサムもウサギもいます。牛ツネを見たこともあります」ともいう。

不肖ハクラク著より