分子生物学

 

「そりゃ、モレキュラー・バイオロジーでしよ」とズバリ一言

この人が20代の大学院生だったころから知っている。そのころから個性的な人である。ます顔が大きい。そして、眼がギョロリとしている。耳が大きい。何となく牛に似てい
て、昔のあだ名はキューちゃんであった。顔つきが個性的なだけでなく、言うことがいちいち引っかかる、いやいや、個性的、でもあった。23年ぶりにお会いしたが、顔を見
た瞬間、そういう特徴は変わってないなと感じた。

 キューちゃんが、博士号をとってすぐの1975年にカナダに留学し、76年、カナダからアメリカに移るときに、アメリカのグリーンカードをとったことは知らなかった82年
にアメリカ国籍をとってしまったことも知らなかった。サマースチューデントとしてNIHで研究しているお嬢さんがいることも知らなかった。23年もお会いしてないのであ
る。そういや、キューちゃんの髪は少し白くなっている。

 お会いする前に、「バイオサイエンス研究の動向をお尋ねしたい」、と電話した。そしたら、「答えられるかなあ。2~3年考えないとわかんないよ。実のある話はできないかも
しれないけど」、という素直じゃない返事が返ってきた。

 とにかく行くしかない。 NIH9号館1階の1 El 20室に伺った。ドアが細目に開いている。ノックして入っでいくと、パソコンやら電気生理学実験用の機械やらがゴチャゴチヤ
おいてある実験室であった その片隅でお話を伺った。

 [ご専門は何ですか?]、と聞くと、「生物物理」とボソッと答えただけである。

 「ナントカの生物物理とか、生物物理の前に何かつけるとすると何かつきますか?」、と聞くと、「膜」とだけ答えた

 悪い人じゃないんだけど、ちょっとぶっきらぽうである。

 「ご自身の研究分野の動向は?」、と次に質問した。

 「耳の中に2種類のhair cellがある。 hair cellがどうやって動くのかという研究を10年やってきた。ここ数年でわかったことは、動くのに電気エネルギーを直接使ってる
ということなんだ。ただ、その分子的なしくみはまだわかっていない。ところが、分子を同定しないと、世の中の研究者は信用してくれない。自分ではDNAに手をふれたくない
ので、これは共同研究でやっていきたいと思っている。そういうことで、これからの3~4年はゆうに過ぎてしまう]、という。

 もっとも、こんなふうにスイスイと話してくれたわけではない。断片的でゆ一ったり、も一ったりと話してくれた内容を要約するとこうなるのである 全くコセコセしていな
い。時間的スケールが大きいのである。研究分野がそういう特徴なのか、キューちゃんの個人的性格なのかよくわからない。

 「将来はどういう方向でしょうか?」、と尋ねた。そしたら、将来は過去からつづいているからと、ます'60年代の研究の話になった。歴史的な流れをエンエンとお話しになる
。その話を聞いているうちに、 、話の本筋がわからなくなってしまった。結局、将来の方向を話してくれたのかもしれないが、よくつかめなかった。ケムにまかれてしまった
のである。それで、 生物物理学の話はもうイイヤという気になってしまい、「ご自身の研究を離れて、バイオサイエンス全体で現在注目を浴びている分野は何でしょうか?」
、と伺った。

 「そりゃ、モレキュラ一・バイオロジーでしょ」とズバリ一言。自分ではやるうとしないけど、重要な分野だと思っているらしい、そして、[モレキュラー・バイオロジーが
どういう方向に進むかは知らんけど]、とつけ加えた。一言多いのである。

不肖ハクラク著より