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脳を支える物質代謝

 

 私たちの身体のなかで、脳ほどぜいたく三昧をしている器官はない。しかし、その構造の複雑さ、働きの微妙さ、役割の重要さを考えると、無理もないことである。

 そこで、ます、そのぜいたくさを証明するデータを示そう。脳を流れる血液の量は。一分間で、これは全身の血流量の二〇%にあたる。また、血液で運ばれる酸素の消費量も、全身の消費量の二〇%である。ところが、脳の重さは体重の二・二%であるから、小弓い器官のくせに、非常にたくさんの酸素を消費しているわけである。

 この関係を子供(六歳)で調べてみると、脳の重さは体重の六%であるのに、血流量率酸素消費量は、全休の五〇%を占めており、子供の脳の構造や働きのすばらしい発達の状況をよく反映している。そして、この値は思春期ごろに急に小さくなり。以後次第に大人の値に近づいて
ゆく。


 脳の維持代謝 脳における炭酸ガスの生成量と酸素の消費量の比(呼吸比)は〇・九九であるから、筋肉などと同じように、血液によって運ばれるブドウ糖(血糖)が完全に酸化されていることがわかる。そして、この酸化過程が、脳の働きを支えるエネルギの供給源と考えてよい。

 ある瞬間の脳に含まれているブドウ糖の予備は四〇秒のうちに、酸素の予備は1〇秒のうちに消費されてしまうほどわずかである。従って、脳が生きているためには、たえす血液によって酸素やブドウ糖が運びこまれて酸化が行なわれなければならない。もしも、運びこみに故障がおこったり、酸化の過程が阻害されたりすると、脳の働きはたちどころに停止し、意識がなくなる。脳の貧血、窒息や低血糖、あるいは酸化を阻害する一酸化炭素中毒や青酸カリ中毒で、意識が混濁したり、昏睡状態になるのはよく知られていることである。

 ところが、同じように意識がなくなっていても、生理的な眠りのときには、脳の血流量は目ざめているときよりもむしろ増しているくらいで、ブドウ糖の代謝量にはぼとんと変りがない。逆にまた、活発な精神活動を営んでいるときでも、ブドウ糖の代謝量はほとんど増さない。それどころか、精神薄弱や精神分裂病でも、健康な人の代謝量との間に有意の差がみとめられない。

 そうなると、脳が営む精神活動は、ブドウ糖代謝以外の代謝によって支えられていると考えなければなるまい。さきに述べたように、ブドウ糖代謝は于不ルギの供給源であって、脳細胞はこの于不ルギを使って、いつでも働きだすことができる準備態勢(神経細胞の形質膜の電気的分極)をととのえているのである。ブドウ糖代謝が維持代謝とよばれるゆえんであって、精神活動そのものに関係する代謝を、機能代謝とよんで区別している。

 それでは、機能代謝は。どんな物質を中心に行なわれているか。脳は身体のどの部分よりも、たくさんの脂質を含んでいるから(乾燥重量の五〇%以上)、脂質の代謝が精神活動に関係して いるのではないかと考えられる。しかし、m質は脳の発育や神経線維の髄鞘の形成には重要な役割をしているが、エネルギ源平機能代謝には直接に関係していないとされている。

 すると当然、蛋白質を中心にした代謝が考えられるわけであって、あとで述べるように、最近の脳の生化学的研究の進歩によって、この代謝の仕組みと、脳の働きとの関係が次第に明らかになってきたのである。そこで、この問題にはいる前に、ブドウ糖の酸化と干不ルギ生成の過程について簡単にふれておこう。

 ブドウ糖代謝の基本的過程は、筋肉や肝臓で行なわれている代謝と同じである。すなわち、エムデン、マイヤーホーフ(Emden-Meyerhof)系の解糖酵素によって、焦性ブドウ酸と乳酸が形成され、これはきらに、いわゆるTcA回路の呼吸酵素によって、完全に酸化されて水と炭酸ガスになる。もちろん、この代謝の量は部位によって違い、神経細胞体のある灰白質の血液量率酸素消費量は、神経線維のある白質よりずっと多い。なお、この代謝過程の干不ルギ生成率は非常に能率がよく、その効率は普通の熱機関の数倍である。

 この解糖、呼吸系の代謝によって生成される干不ルギは、そのままでは利用されない。化学的にきわめて活性度の高い高干不ルギ燐酸、すなわちアデノシン三燐酸(ATP)にとりこまれ、この形で干不七キ消費過程、すなわち機能代謝に利用されるのである。
   、`   精神活動の基盤である脳の働きは、インプルスの発現と伝導や興奮と抑制の仕組みの根底をなすシナプス伝達などの時間経過のはやい過程と、そして、時間経過のおそい記憶、学習、適応などの過程にわけることができる。そして、これらの過程は、維持代謝によって生成された于不ルギを利川しながら営まれているのである。

 ところで、このような脳の働きは、さきに述べたように、蛋白質の代謝によって実現されているのであるが、蛋白質の構成要素のアミノ酸のうちで、脳にはほかの器官よりも遊離型のアミノ酸が非常に多い。そこで、グルタミン酸アスパラギン酸、γ・アミノ酪酸(の卜圃巴、グルタミンなどの遊離型アミノ酸が脳の基本的な働きを実現しているという構想の心とに、これらのアミノ酸の代謝と脳の基本活動との関係が丹念に追求されている。

 なかでも、グルタミン酸アミノ酸代謝の中心的役割をしており、さらに近年になって、脳の灰白質だけにあるGABAが、ビタミンを補酵素とする酵素反応(グルタミン酸脱炭酸酵素による)によってグルタミン酸から生成される代謝過程が発見されたので、特GABAを中心にした問題に多くの研究者の関心が向けられている。

 現在、抑制の仕組みは、GABAを主体とする物質によって営まれていることが、いろいろの実験によってたしかめられている。最近、テンカン発作や精神薄弱の治療にGABAの使用が試みられているのは、この実験結果に基いて考えられたものである。

 林は、GABAはビタミン136を補酵素とする反応系によって抑制物質、β・ヒドロキシ・γ・なお、時間的に長い経過でおこる脳の働きが、どんな物質変化によって営まれているか、その本態はまだわかっていない。最近、スエ、デンの組織学者ヒデンミたちによって開拓されている細胞原形質の生化学的構成についての研究は、一つの新しい行き方である。