視床下部の内側部に電極をいれて剌激

 次に、視床下部の内側部に電極をいれて剌激してみると、こんどは全く餌をたべなくなる。

 そこで彼らは、内側部を、満腹を感する中枢と考え、外側部を空腹を感する中枢と考え、この二つを総括して、摂食中枢とよんだ。

 イヌやネコやサルでも、同じ現象がおこることがみられており、また人間でも、視床下部の損傷で、過食してどんどん肥えてゆく病気があるので、同じ仕組みが働いていると考えられ
ている。

 なお、空腹の中枢は、血液中のブドウ糖(血糖)が、ある量以下になると、それに反応してイングルスをだす細胞群であり、満腹の中枢は、血糖がある量以上になると、反応をおこし
てイングルスをたす細胞群と考えられている。

 ところで、いままでの考えでは、二つの中枢からでるインプルスによって、食欲がおこり、食行動が営まれるというのであって、その座を視床下部に求めている。

 しかし、前の章で述べたように、視床下部の上位にある大脳辺縁系、特に嗅覚の感覚線維をうけている旧皮質を刺激すると、舌をだして口のまわりを舐めまわしたり、噛みくだく運動
やのみこむ運動をおこしたり、クンクン嗅いだり、唾液をたくさんだしたりするような一連の摂食反応がおこるのである。

 このことは、大脳辺縁系の旧皮質で、食にまつわるあらゆる心が形成され、あらゆる行動が発現される仕組みが営まれていると考えるべきである。つまり、視床下部の二つの中枢は、
血糖の量を受容する場所であって、ここから旧皮質へ送りこまれるイングルスによって空腹感がおこって食行動を発現し、そして満腹感がおこって食べるのをやめるようになると考えら
れる。

 サルや人問で、両側の扁桃核と梨状葉を切りとると、クリュ、バ、・ビュ、シ、の症状という名前で総括されているいろいろな症状がおこるが、そのうちの一つの症状に、食行動が変
化することがみられている。このことは、刺激実験とともに。旧皮質の食欲、食行動に対する役割を示しているといえよう。

 さきに述べた摂食中枢は、血糖、すなわち炭水化物の摂取についてであるが、蛋白質牛脂質心、おそらく同じような仕組みによって摂取されているのであろう。実際に、妊娠中平授乳
中のネズミは、炭水化物の摂取量はかわらないのに蛋白質牛脂質の摂取量はふえてくるのである。

 さきにも述べたように、私たち人間では、大脳辺縁系で営まれる食欲の本能的心と行動は、新皮質からもいろいろな影響をうけている。前頭葉を切りとると食欲がますというから主と
して前頭葉が関係しているのであろう。

 さきに、空腹感や食欲の形成に胃は関係していないといったが、全然関係がないというのではない。たとえば、胃を機械的方法で拡張すると、満腹の中枢の活動が盛んになるといわれ
ている。

 渇感と豊水感の二つの中枢は、摂食中枢に近い場所にあるが、決して同じではない。ヤギの視床下部の外側部を電気剌激したり、あるいは、高張の食塩水の微量を注射したときにおこ
る過飲の状態を示したもので、胃の物理的 収容力の限界まで水を飲んでいる。また、ネズミの視床下部の外側部をこわすと、水を飲まなくなって脱水の状態になる。なお、この二つの
中枢部位には、血液の滲透圧を受容する働きをもった滲透圧受容器がある。

 この受容器から送りだされるインプルスは、旧皮質で、あるいは渇感をおこして水を飲む行動にかりたて、あるいは豊水感をおこして、飲む行動をやめさせるように働いているのであ
る。

 ネズミで、大脳辺縁系の皮質部分と視床下部を連絡する内側前脳束をこわすと、餌もたべなくなるし、水も飲まなくなるという。食欲牛飲欲の形成と発現に、大脳辺縁系の働きが必要
なことをはっきり示している。

 このように、飲欲の仕組みは大脳辺縁系で営まれているが、末梢の影響も否定はできない。実際に、食欲よりも影響されやすいという。たとえば、のとをうるおしただけで、一時的に
渇感がなくなるし、また、食道や胃の機械的刺激は飲欲を抑制する。さらにまた、新皮質からの影響も、当然考えねばならない。

 なお、身体全体の水分調節には、下垂体の後葉から分泌される抗利尿ホルモンが中心的役割をしている。このホル壬ンの分泌は、滲透圧受容器の働きを具えている。視床下部視索
核と室旁核からの神経支配によって調節されている。

性欲の仕組み 性の欲求についても、食欲牛飲欲と同じような仕組みが働いていることが、近年になって次第にわかってきた。すなわち、空腹感や渇感と同じような感じ(空閨感)をお
こすイングルスをだす部位と、満腹感や豊水感と同じような感じをおこすインプルスをだす部位が視床下部にあって、この二つの部位からのインプルスをうけた大脳辺縁系は、性欲を形
成して性行動にかりたて、そして、満足して行動を停止するのである。

 空閨感をおこす部位には、発情ホル壬ン(エストロゲン)を受容する細胞がある。もし、この揚所をこわすと、発情ホルモンが多量に分泌されても、あるいは、発情ホルモンを注射し
ても永久に発情しなくなる。この部位は動物によって違い、雌のネコでは視床下部の前方部(前部視床下部、内側前脳束)にあり、雌のウサギでは後方部の乳頭体にある。

 また、雄のネコで、両側の前部視床下部をこわすと、発情を持続し、相手かまわず一視同仁に性行動をいどむ。満腹の中枢や豊水の中枢をこわしたときと同じ状態である。

 大脳辺縁系の皮質部分刺激や破壊によって性行動に異常がおこることは、人間をけじめいろいろな動物についてみられている。さきに述べたクリュ、バ、・ビュ、ジ、の症状の一つに
も、性欲の高まりがある。雄ネコの両側の梨状葉と扁桃核をこわしたもので、性欲が異常に高まった状態である。また、海馬を化学的に刺激して、性欲の高まったことを思わせるような
現象、たとえば陰茎の勃起や外陰部の過敏などが現われることがみられている。

 性欲の形成、性行動の発現に対して、新皮質の影響も当然考えられることである。アメリカの心理学者の研究によると、雄の動物の、新皮質のかなりの範囲を切りとると、発情行動が
弱まるという。これに対して、雌の動物では、ほとんど影響がないという。つまり雌の動物の性にまつわる本能的な心や行動は、大脳辺縁系で馬車馬的に営まれていて、新皮質のJント
ロ、ルはほとんどうけていない。ところが、雄の動物では、新皮質が大脳辺縁系へ強いつントロ、ルをかけている。つまり、雄の動物の性行勣は、環境によって大きく左右されるという
ことである。

 この違いは、私たち人間にもおそらくあてはまるのであろう。キンゼ、報告をみると、それを思わせるようないくつかの性行為に対する男女の相違が統計的数字としてでている。けだ
し、人類の永遠の生を保証するための神の慈悲深い配慮であろうか。

 マックリンは、大脳辺縁系の働きを体系づけて、旧皮質を中心にした領域は、個休維持の営みに関係し、古皮質を中心にした領域は、種族保存の営み辛社会性に関係していると述べて
いる。それを思わせる実験もあるが、それよりはむしろ、この二つの生命活動は共に、旧皮質を中心にした領域で営まれていて、古皮質は、もっと高次の統合を営む心の座と考えるのが
妥当のように思える。