内臓と内分泌を統御する脳

 

 私たちの身体のなかには、私たちの思いどおりにならない独立国が二つある。それは内臓王国とホルモン王国である。

 しかし、私たちの心の動きが、この独立国と全く没交渉だというのではない。怒ると、怒髪天をつき、顔面紅潮し、呼吸ははずみ、心臓はたかなる。心配のあまり、食欲がなくなった
り、性欲が衰えることさえある。

 それでは、この交渉は脳のどこで、そしてどんな仕組みで行なわれているのだろうか。

 内臓を中心にした生命活動は、別に気をくばらなくてもすこやかに営まれている。外部環境が変っても、体温、水分、血液の組成など、私たちの身体の内部環境は、恒常状態に保たれ
ている。生命活動の一つの特徴として、この内部環境の恒常性を強調したのは、フランスの生理学者クロ、ド、ベルナ、ル(Claude Bernard)であるが、生理学でこの仕組
みをホメオスタシス

(恒常性維持)とよんでいる。また、アメリカの生理学者キャノンは、「身体の知恵」という言葉でいみじくも表現している。

 内臓器官の正常な働きと、内部環境の恒常性は、いうまでもなく、神経系の調節と統合の仕組みで維持され保証されている。

 ミュラーは、骨格筋や感覚器を求配する神経系を、外部環境の変化に積極的に対 処するという意味で環境神経とよび、内臓の働きを支配する神経系を生命神経とよんだ。また、前者
を動物性神経、後者を植物性神経ともよばれているが、現在では、骨格筋や感覚器を支配する神経系を体性神経系といい、自律的に働く内臓器官を支配している神経系を自律神経系とい
う。